発作が起きて数十分後、那智はようやく落ち着きを取り戻す。
だけど今度は嘔吐感がすると訴え始めた。
よくあることだ。俺は那智を抱えて、早足で手洗いに向かう。
間一髪で間に合い、おぇっと、那智が便器に嘔吐。
吐瀉物(としゃぶつ)が便器を満たし始める。
何度も流しながら、俺は那智の背中を擦った。
「吐くだけ吐け。我慢するな」
言葉通り、那智はげぇげぇ吐いた。
胃液しかなくなっても、気持ちが完全に落ち着くまで、那智は便器に向かって嘔吐し続けた。
ストレスだな…、ぜってぇ。
今日の昼は無理させちまったからな。
あ、時間帯的に昨日になっちまったけど。
吐き疲れた那智の頃合を見計らって、トイレットペーパーを長めに切り取り、口元を拭ってやる。
それを便器に放り込み、何度目かの水洗をすると、俺は那智を抱えて台所へ。
口をゆすがせた後、水を飲ませて、水分補給。
そのまま布団に寝かせてやる。
暗いのが嫌だと愚図ったから、俺は寝室の電気を点けたまま、一緒に布団に寝転がった。
「兄さま…にいさまぁ、手」
手を繋いでくれないと眠れない。
我が儘を言う那智に、「はいはい」俺は体を抱き込んで手を握ってやる。
ようやく那智が綻んだ。
グリグリと俺の胸部に頭をこすり付けてくる。
「兄さま…、おかーさん、今日は帰って来ないんですね」
良かったよかった、綻ぶ那智は記憶が錯乱してるみてぇだ。
「ずーっと帰って来ねぇよ」
俺は那智の長めの髪を梳いて言う。
永遠に帰って来ない、と。
目を輝かせる那智は無邪気に聞く。
「お母さん、シンジャッタんですか?」
無邪気は時に残酷なことを言う。
遺憾なことに母親は健在なんだよな。多分。
一年近く会ってねぇし…、ま、俺等に構う余裕があるんだ。元気だろ。
「生きてるけど、ずーっと帰って来ないんだ」
「えー…それは残念です。いなくなれば、怯えなくていいのに」
ご尤も。
俺は相槌を打った。