「那智、ゆっくり呼吸だ。いいか深呼吸。口閉じて、ゆっくり…、そう、うん、いい子。いい子だ、那智。上手だぞ」

「ふっ、ふっ…うっ…」

「大丈夫、兄さまが傍にいるから」


「はぁ…はぁっ…、にーさまぁ…やぁ…」


那智が何かを嫌がり始める。
擦り寄っては「イヤ、イヤ」ばっか言う那智を宥めて、顔を覗き込んだ。


「何が嫌なんだ?」

「やぁ…オカアサンやぁ…」


母親の夢を見たらしい。
ぜぇぜぇ息を吐きながら、那智は母親をしきりに拒んだ。


「此処には兄さま以外誰もいねぇ。那智、安心しろ」

「にーさまっ、しか…イラナイ」

「ああ、俺もだよ。那智しかイラナイ。那智は俺しかイラナイ。俺は那智しかイラナイ」



「オカーサンイラナイ! オトーサンイラナイ! イラナイイラナイイラナイッ―――…!」



―――…嗚呼、誰彼拒絶する那智が酷く綺麗だ。

取り乱して呼吸を乱している那智を、狂った俺は何処と無く愉快気に見ている。

イラナイイラナイ、兄さましかイラナイ。

昔から教え込んでいた魔法が掛かっている弟は、必要に俺を欲している。

那智は純粋だから、善し悪し関係なく真っ直ぐだから、俺の魔法に掛かりやすい。


体にしがみ付いてあふあふと呼吸。


「ほら、また呼吸を浅くする。ゆっくり深呼吸しろ。兄さまの掛け声に合わせろ」


そう言いつつ、忍び笑いを浮かべる俺がいる。

弟は苦しげに…、過去や現実を拒んでるってのに…、嬉々に浸る俺がいる。




(もっと俺以外の世界を拒んでくれ。
那智…、ふたりぼっち世界に嵌ってくれ)




醜悪に染まる俺がいた。