【自宅の寝室にて】
(AM02:41)



ぅ……ぅ…うぅうう………。


ぅう…ぅ…うぅぅっう…ぅ…。
 


深夜、隣から聞こえる呻き声で俺は目が覚める。


それはまるで地を這う声。

地獄に落ちた奴が発するような、低いひくい喉から搾り出す声。

助けを求める声に近い。


俺は急いで上体を起こし、隣で眠っている那智を揺する。
ガチガチと上下の奥歯をかち合わせる那智は、硬く目を瞑って無意識の内に腕を噛んでいる。

自虐行為に走ってやがるな。


俺は慌てず・騒がず・落ち着いて状況判断。
まずは那智の体を抱き起こし、膝に乗せてトントンと背中を叩く。

次に噛んでいる腕をゆっくり放させる。
背中を叩くことによって少し緊張が解れた隙に、手早く、でもゆっくりに放させて、代わりに俺は自分の腕を那智の口に押し込んで気が済むまで噛ませてやった。


やがて那智は意識を浮上させる。

目を開けた那智はひゅっと、状況を確認。


そしてまたパニックを起こす。
嫌だとか、恐いとか、ごめんなさいとか…、俺の腕の中で暴れては奇声。暴れては奇声。暴れては奇声。延々延々…。

薄い壁の向こう、隣人さんに聞こえてるかもしんねぇな。
まあ、このアパートは空き部屋が多いから助かってるけどな。

此処に住み始めて一年。
隣人さん(中年のおっさんだ)と挨拶を交わすけど、取り敢えず、苦情は出されたこと無い。


夜な夜な隣から喘ぎが聞こえるから、お互いさまだと思って目を瞑ってくれてるのかも。

もしかして今もお楽しみ中か?


「あーうっ! はっ、はっ、はぁあっ!」


過呼吸を起こし始める那智にも動じず、俺は優しく背中を擦った。
後は上部胸郭を圧迫、十分に息を吐かせてから、ゆっくり呼吸をするよう指示する。

ビニール袋でやるペーパーバック呼吸法だと、かえって那智はパニックになりやすいんだ。