「那智を傷付けた。俺っっ、俺は」

「兄さま、いいんですよ気にしなくて」

「ちげぇちげぇちげぇ! 守る奴を傷付けちまったんだよ俺は! ごめん…那智、ごめ―」


謝り続けていたら、頬を包まれて…、引き寄せられて…、口を塞がれた。

瞠目する俺に対し、那智は目を閉じて俺と唇を重ねる。言葉が掻き消えた。


静まり返る居間に俺等はつくねんと口付けを交わす。


「兄さまのサードキス貰っちゃいました」


悪戯気に弟は笑った。


「うーん、やっぱりドキドキしませんね。
兄弟の気持ちが強いからでしょうか?」


笑顔を交えて、そっと唇を舐めてくる那智は頬を包んでくれる手をそのままに、愛しむように俺を見つめて綻んだ。


「兄さまは、無闇におれを傷付ける人じゃないです。
おれはそれを知っています。親とは違います」


視界が揺れた。

息を詰める俺の前髪をそっと上げて、

「兄さまは親とは違います」

繰り返してくれる。


「いつも兄さまはおれを守ってくれました。
今もそう、変わりなく守ってくれる。

そんな兄さまが今、傷付いてる。

おれはそれがとても辛いです。
何があったか存じ上げませんが、兄さまが傷付いてるのはとても辛いです。

兄さまが手を上げたこと、なんともないです。
おれは兄さまのために此処にいるんですから。

兄さま、おれは自分が傷付くよりも、兄さまが傷付いてる方がよっぽど悲しいんですよ」


額に口付けして、自分の額と重ねてくる弟は俺に言った。

愛してる、と。


暴力を振るった俺を咎めることなく、愛してると言ってくれた。


恐かっただろうに、痛かっただろうに、辛かっただろうに、愚痴一つ零さず俺に真っ直ぐ告げてくれるんだ。



好きだと、大好きだと、愛してる―…、と。



揺れる視界が一つの感情となって畳みに落ちる。

顎を伝って落ちる雫は止まることを知らない。


止め処なく、雫は重力に遵(したが)って伝い落ちていく。