―――…ようやく俺の気持ちが落ち着いてきたのは、俺が浴室に入った頃。

まだムシャクシャする気持ちを宥めるために、俺はひとりで浴槽に浸かっていた。


親父の言葉でこれだけ取り乱す俺がいるなんて…。


駄目だ、熱いお湯に浸かっても頭が煮えるだけだ。
 
俺は浴槽から出て、シャワーの蛇口を捻った。
敢えて冷水を頭から浴びたおかげで、カッカしていた頭が急激に冷える。



落ち着きを取り戻す俺がいた。



何を取り乱してたんだろう。

親父なんて、もういないも同然なのに。親父といえど他人なんだ。

愛されたい気持ちが片隅にまだ芽生えてるかもしれないけど、俺には不必要な愛情じゃねえか。


俺には那智がいるから。








―…那智?








冷水が俺の心臓を凍らせる。
俺、さっきまで那智に何をしてた。


大切な弟に…手を、手を上げなかった…か…。


上げた。
そうだ上げちまったんだ、俺。

心配していた罪無き弟に手を上げた。

足も出した気がする。
執拗に那智を甚振った。


あいつは純粋に俺を心配してくれてた、ただ、そんだけだったのに。

俺は何をした?


那智に何をっ…。



俺は、

両親(あいつ等)と同じように、

那智を、

弟を、



傷付けたんじゃないのか?




シャワーを止めた俺は急いで、浴室から出た。
洗濯機に置いてあったタオルを引っ掴んで急いで水気を拭うと、寝巻き代わりのジャージに着替えて、居間へと飛び込む。


目に飛び込んできたのは荒れた居間。

那智の大切にしていた観葉植物の鉢が全部倒れてるし、テーブルに置いてあったリモコンも畳みの上に散らばってるし、居間の四隅に寄せていた雑誌も崩れている。