ドッペルゲンガーだとか、自分と同じ顔の人間が世界に三人はいるだとか、そういった話は聞いた事がある。以前、真坂教授に聞かされた話も嘘ではなさそうだった。
しかし、その自分にそっくりな人間が突然目の前に現れて、自分と一生入れ替われと言い出すとは…誰が想像した事だろう。
俺が呆気に取られていると、青柳は続けた。
『僕には妻と娘がいます』
そう言って写真を一枚、テーブルの上に置いた。写真の中で、鮮やかなブルーが背景の、水族館のような所で家族三人、仲良さそうに並んでいた。
『奥さん、綺麗な方ですね。』
青柳の妻は綺麗な女だった。柔らかそうな茶色い髪を、肩の下まで伸ばしていて、淡い色のワンピースを着ていた。
青柳は穏やかな笑顔で写真に目を落とした。
『だろ?性格も良いんだ。優しくて、気が利くし。明るい』
『最高じゃないですか。娘さんも可愛いし。』
『全く、その通りなんだ。』
この青柳佑介という男が、自分と入れ替わってくれという事について、どこまで本気で話をしているのか分からないが、確かに条件だけ見れば、惹かれる部分もあった。
『君にとっても悪い話じゃないと思うんだ。大学三年にもなって、就職活動もせずにほっつき歩いてるんだろう。卒業したら、どうすんの?何か、やりたい事があるんなら別だけど、そうでも無いなら、さ。どうかな、少しでも考えてくれる?』
しかし笑顔とは裏腹に、この男は、自分の家族を赤の他人に委ねようという話を続ける。
『待って下さい。じゃあ貴方はなぜそんな素敵な家庭を捨ててまで、僕みたいなダメ人間と交代したいっていうんですか?』
確かに、今年、来年は大学生という肩書きに守られてはいるものの、このままだと卒業しても職に就かず、夢もないのにフリーターをして、とりあえず生きていくという事になるだろう。
親からの仕送りも終わり、自分だけで働いて、自分でだけで消費する。ただ単に無意識と偶然に投資するような生活になるだけだった。
青柳は、今度は俺の目を見て口を開いた。
『俺は勝ち組の人間だと思う?』