白峰なんて呼ぶ必要はない。そう感じた。呼んだら白峰は何と答えるのだろう。知っていたの?そう聞くだろうか。
 夜が明けるまでのことを彼女はまるで覚えていないようだ。すっかりおとなしい赤ん坊のようになっている。足を床にだらりと崩し、背中は沖にもたれたまま。口が半分開いているのはよく見る様だった。
「久しぶりに結ってやろう」
 女の髪の結い方を覚えたのは、彼女をめとってすぐのことだったと思う。千鶴子の方が白峰なんかよりずっと美しい。そう世間に知らせたかった。結局、比べようもない本人だったのに。
 自分は白峰に翻弄されている気がする。それを悔しいとは思えなかった。沖より白峰の方がよっぽど千鶴子を追い求めていたのではないだろうか。
 髪を結い上げると彼女にそこにいるように言い、奥の部屋に行った。着せたい物があったのだ。
 それを持ってきて渡すと、ああ、これかとでも言うように彼女は頷いた。