「沖い」
 目を半分開けた状態で沖を呼ぶ白峰には憎しみなどうかがえない。あの姿は何だったのだろう。あるべき姿ではなかったのか。
 沖は座り込むと、白峰の髪をなでた。
「坊がな」
 白峰の言う坊とはいったい誰のことなのだろう。それを考えた。千鶴子が生まずに死んだ腹の子のことなのだろうか。
「坊が泣きよるんや」
 そうやな、と言うしかなかった。
「髪をとこうか」
 そう聞いた沖を白峰は不思議そうに見る。これは誰だろう。まるでそう言うような目だった。
 それを見た時、ああ、彼女の心はやはり少しずつ抜け落ちていると感じた。
「千鶴子」