【北D-7倉庫一階】
数秒の間、軽く意識を飛ばしていたようだ。
気付くと高い高い天井と先端にS状フックのついた鎖、それから積み上がった部品袋のタワーに見下ろされていた。
仰向けに寝転がっている俺は、そっと首を動かしてみる。小さな痛みが走った。
でも思ったほどの痛みは無く、俺は体を起こすために腹筋に力を入れた。
ここですぐには起き上がれないことに気付く。腹の上に重みを感じた。
うつらうつらとした意識がはっきりとし、俺は腹にのっている彼女の頭に目を落とす。
「ココロ。大丈夫か」
肩に手を置いて名前を呼びながら揺する。
彼女も同じように意識を夢の向こうに飛ばしていたみたいで、俺の呼び掛けに「ん」小さな声と共にゆっくりと瞼を持ち上げた。
「アイタタ」
どうなったのだと体を起こすココロは状況把握を開始。
取り敢えず、ココロに退いてもらわないと俺は起き上がれないから、彼女に退いてくれるよう頼む。
寝転がっている俺を見て、ココロは慌てて腹から退いてくれた。
痛む背中を無視して起き上がると、「大丈夫ですか?」彼女が真摯に心配してくる。
それはこっちの台詞だって。
ったくもう、元凶は俺の無茶振りだとしても、ココロも大概で無茶苦茶な事をしてからにもう。手を放さなかったから一緒に落ちちまったじゃないか。
「俺はなんとも、ココロは? 怪我してないか?」
問いに彼女はうんっと一つ頷く。
「すみません……力があれば引き上げられたんですけど」
「無茶をしちゃってさ。どうしてあんなことを。不良の一件もそうだけど、ココロは無理をし過ぎだ」
俺と対峙していた不良を押さえ付けたり、助けようとしたり、結局一緒に落ちたり。
こっちの肝が冷え切っちまうところだった。
「馬鹿だよ、ココロ」文句垂れる俺に、「舎弟の彼女ですもの」ココロは反論した。
多少の無茶だってするのだと真剣に見つめてくる。
生半可な気持ちで舎弟の彼女になったわけじゃない、強く訴える彼女に怯まされた。
こんなに強く主張する子だったっけ、ココロ。
まるで自分に自信がついたように、瞳に強い光を宿している。
きっとココロは過去の自分と苛めの元凶である古渡に決別をできたから、大きく前進したんだ。
だからってココロの起こした行動は、やっぱり無茶苦茶だと思うけどさ。
苦笑を零して馬鹿だと繰り返す俺だったけど、ココロの無事が目の前にあると分かった途端、笑声を止めて彼女を抱きしめた。
感情が爆ぜる。
今まで我慢に我慢していた感情が体を動かし、彼女の柔らかな体躯をきつく抱き締める。
ごめん、ココロ。怖い思いをさせちまって。すぐに助けに行けなくてごめん、ごめんな、ココロ。
彼女は俺の胸部に顔を埋めた。
「ケイさんごめんなさい。心配をお掛けて……ほんとに」
「ごめんはこっちだって。大丈夫だったか? 何もされなかったか? 酷いことをされていないか?」
情けなくも上擦った声になる。微かに体の芯も震えてきた。
怖かった、本当に怖かった。
彼女が人質に取られたと知った時、ゲームの材料にされたと知った時、五十嵐のところにいると知った時、大きな絶望を噛み締めた。
それだけココロの存在は俺の中で大きくなっていたんだ。
必死に虚勢を張っていたけれど、いつ彼女が傷付けられるかと思うと現状に歯痒くなった。
自分が不甲斐なくなった。現実に居た堪れなくなった。
「ごめん」強くつよく抱き締める俺に、「大丈夫でしたよ」彼女は嘘偽りない笑みで顔を覗き込んでくる。