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「圭太! ココロさん! 嘘だろっ、ああくそっ、なんてことしてくれたんだあの女!」
一部始終を見ていたケンは古渡の行為に地団太を踏み、一階に落ちた二人の身を案じた。
二階とはいえ、此処の倉庫の層は一つが幅広い。
つまり二階だから絶対に大丈夫とは言い切れない高さから二人は落ちたのだ。
安否を確認したいケンは目前の不良に、
「失せろ!」
暴言を吐いて制服のポケットからひしゃげた煙草の箱を相手に投げ付ける。
微かに怯む相手の懐に踏み込んだケンは鳩尾に肘を入れる。
少しでも早く二人の無事を確認したいために、渾身の肘打ちを相手に食らわせた。
一方で古渡を追い駆けていた弥生は女のやらかした行為に愕然。
まさかココロの背中を押して、ケイ共々下の階に落とすとは思ってもみなかったのだ。
非情な行為を理解した弥生は許せないとばかりに奥歯を噛み締める。よくも大事な仲間達にっ!
ギュッとハジメのキャップ帽を深く被って女に向かって猪突猛進。
しかし古渡が地に転がっていた折り畳み式ナイフを拾い上げたため、足を止める羽目になる。
あれは先程、ケイが不良の手から放させた凶器。
古渡はそれを拾うために自分からわざと距離を置いて、逃げ惑う振りをしていたのだ。狡いものだ。
古渡はぺろっと口端を舐めて、「どうしたの?」さっきの勢いは何処へ行ったのだと挑発。
凶器を護身用に持っているくせに、なあにが「どうしたの?」である。
舌を鳴らす弥生に、反撃の姿勢を見せる古渡は一つに結った長い銀の髪を靡かせて地を蹴った。
彼と同じ銀の髪を持っているのに、あの女の髪の色はどうもくすんだ銀にしか見えない。
ヒュンと刃を振るわれ、それを紙一重に避けながら弥生は女の髪に率直な感想を抱く。
同じ銀に染めている髪。
だけど何倍も彼の髪の方が綺麗だ。
捻くれた彼の髪の方が、何百倍も。
弥生は自分にこのキャップ帽を託してくれた彼のことを想う。
彼は何かと物事に逃げ腰で、自分を卑下したり、理由を付けたりして気持ちを隠してしまう。
劣等感に苛み、手腕が無い・チームに使えない奴だからと自分を諌め、己を過小評価。
前々からその念に縛られていた彼にトドメを刺したのは、きっと自分。
ケイと初めて出逢った日。
日賀野大和が放った刺客から自分を守れなかったと、自力で事を解決できなかったと悔やみ、苦悩し、自責の念に支配されていた。
ハジメが直接吐露したわけではないが雰囲気がそう物語っていた。
それを言うならば自分だって、響子のように喧嘩に腕があればハジメを苦心させるようなことはしなかったと自分を不甲斐なく思ってしまう。
だけどそれでは前へ進めない。進めないのだ。
(ハジメと私のために、前進するために、一旗挙げてみせる!)
勝ってもう一度、彼に好きだと言うのだ。
全力で好きだと言って、そして、ケイやココロのような関係を築き上げたい。強く願う。
だって悔しいではないか、ハジメの気持ちも自分の気持ちも通じ合っているのに、通じ合っているだけなんて。
折角なら前に進みたい。女に迫られようとも、間接的に自分を選んだハジメに想い焦がれ、弥生は彼と自分のために勝利を誓う。
鋭利あるナイフの刃を見据え、弥生はキャップ帽のつばを掴んだ。
刹那、自分の懐に踏み込んでナイフを食い込ませてくる古渡を見据える。
「なに?」
驚愕する古渡に、
「残念」
弥生は細く笑みを浮かべた。
自分の体に食い込む筈のナイフの刃はキャップ帽を貫通、ギリギリのところで自分の体に届かなかった。
抜く間を与えないために弥生は古渡の手首を捻り、ナイフを手放させると横っ腹を右足で蹴り払う。