俺一人の力じゃどうにもならないけど、こうしてスピードが加われば蹴りは何倍も力を発揮する。
スピードの重要性はチャリでよーく学んでいるから、これは相手に痛恨の一撃を与えられた筈。
案の定、不良は肩を押さえて身悶え。
もういっちょダメージをお見舞いするために、左に揺れる鎖の反動を利用して一蹴り。
だけど相手は甘くなかった。
蹴りをお見舞いする前に相手が肩を押さえて身悶えしつつも、構えを取ってくる。宙じゃ動きが取れない。
このままじゃ狙い撃ちされるぞ。ピンチの到来に舌打ちしたくなった。
次の瞬間、構えを取ろうとしていた不良の動きが止まる。
俺は瞠目した。
まさかのココロが前から不良の腰に抱きついて、動きを止めようと体を張っていたんだ。
馬鹿、なんて無茶なことを!
相手はガタイの良い不良(♂)だぞ! 古渡と弥生を追っていたんじゃないのかよ!
「邪魔だ!」
ココロは不良に髪を掴まれても、一心不乱に腰に抱きついていた。
彼女に気を取られているコンマ単位の時間に、フックを手放した俺は相手に会心の顔面蹴りをお見舞い。
めりっと靴底が相手の顔に減り込んで、不良はその場に崩れる。
俺もフックを手放して蹴りを入れたもんだから、勢いのまま宙に投げ出される。
このままじゃガチで落ちる!
後先考えずやるもんじゃないよなっ!
手摺を通り越して宙に投げ出される俺の体。重力に従って落ちる俺の体にガックンと衝撃が走る。
地上にぶつかった衝撃じゃない。
この衝撃は右肩が脱臼するような痛み。
誰かに右腕を掴まれたんだ。
視線を上げれば、
「ううっ重い」
喉を振り絞るように呻いている彼女の姿。
手摺から身を乗り出して必死に俺の右腕を掴んでいる。
「こっ、ココロ……馬鹿を手ぇ放せって……落ちる」
「ヤですっ。絶対に……放しません」
そんなことを言っても俺の体重は平均並。
どんなにココロが俺の手を掴めたとしても、その状況を保てるだけで、引き上げる力があるとは到底思えない。
「ココロ……一緒に落ちて怪我したら洒落にならないって」
放すよう俺は何度も言うけどココロは頑なにそれを拒んだ。
本当にもう、こういう時に限って言うことを聞いてくれないんだから我が彼女は! どーしてそんなに頑固かなっ!
「圭太! ココロさん!」
健太の焦った声が聞こえる。
俺達の大ピンチに気付いてくれたみたいだ。でも、まだ健太は不良を相手にしてるみたいだ。
あ、ココロも限界みたい。体が痙攣している。
ココロ、マジで手をっ、「うわっつ!」「きゃっ!」どんっと彼女の背中が思い切り押された。
なんと弥生から逃げていた古渡が俺達の様子に気付いて、いらんちょっかいを出してきたんだ。「ばはは~い」なんて言葉を餞別にして。
折角ココロが頑張って引き上げようとしてくれたけど、俺達はあっ気なく一階へと落ちた。
悲鳴も何も上げる間もなく、「圭太っ!」健太の絶叫だけを耳に、俺とココロの体は一階フロアへと吸い込まれていったのだった。