「怪我しちゃうかもよ」
にやっと笑う古渡が面白おかしそうに俺を見やった。
刹那、ココロが危ないと声音を張り、俺はハッと振り返って素早く後退。
背後から襲い掛かろうとしていた不良の拳をどうにか避けることに成功したけど、間髪容れず足のリーチを生かした蹴りは避けることができなかった。
勢いづいた蹴りに尻餅つく。相手は容赦なく俺の腹部を蹴ってダメージ追加。
アウチ……冗談を言っている場合じゃなく、今の蹴りは効いた。すこぶる効いた。効果バツグンだぜ。
仰向けに倒れる俺の耳に微かな彼女の悲鳴が聞こえた気がしたけど、痛みの方が上回って上手く聞き取れない。
その間にも不良さまは俺の腹部を踏んづけては足を上げて、踏んづけては足を上げて、ニンゲンの急所と称されている鳩尾を何度も靴底で踏み躙ってくる。
「け……ケイさんっ!」
彼女の震える声と、
「あーあ。噂に聞いてたけど、超弱いよねぇ。舎弟くーん」
笑声を漏らす古渡の声が交差して聞こえる。
ああくそっ、弱くてわるうごぜーましたね。
キランとカッコをつけて、ささっと彼女を助けたいけど、自他共に認める手腕の無い地味野郎だから?
いくら妄想で最強田山にしようとしても、現実じゃ弱いまんまなんですよ!
最近じゃ喧嘩できないこと、手腕がないことがコンプレックスになりつつあるっつーの!
あ、イテェっ、踏むなっつーのっ。マジでイテェって言っているだろ!
彼女を目の前にしているんだからさっ、ちっとはカッコつけさせろってーの!
助けに来たのに彼女の前でフルボッコとか、超絶ダセェだろ!
どんな俺いじめだよ!
彼女に幻滅されたらなぁ、一ヶ月は落ち込んで引き篭もりになっちまうかもしれないんだぜ!
歯を食い縛って、俺は持っていた角材を握り直すと再び振り下ろされる足をそれで受け止めた。
向こうは俺の抵抗に意外そうなツラしてくるけど、ヤラれっぱなしは趣味じゃない。
Mでもないから? Nだから? こんな風に踏まれちゃ俺も嫌なんですよ、はい。
ギリギリっと向こうの足を押し返そうとする俺と、全体重を片足に乗せてくる不良。ジッミーな攻防戦が繰り広げられる。
くそ、体重を掛ける方は楽だけど、受け止めて押し返そうとする方には力が必要だ。
早く押し返して此処から逃げないと、スタミナ切れして俺、また不良さんにドンドンと踏まれる。
俺の真上に影ができた。
この忙しい時に誰だよ。視線を上げれば……スカート?
チラッと見える黒っぽいのって……あーその正体はパンツっすか?
うわっツっ、パンツに気を取られたおかげさまで力が……別に見惚れていたわけじゃないんだぞ。俺、
パンツは水玉派なんだからな!
オレンジ系の水玉が俺の好みだ、覚えとけ!
必死に腕に力を籠める俺を見下ろす古渡は、膝立ちになって俺の顔を覗き込んできた。よって彼女の顔が逆さに映る。
ちょ、只今田山圭太はお取り込み中だぞ!
俺に用事があるなら最初にアポを取っとけ!
しかも顔ちけぇよ!
ナニ、この至近距離! 嫌な予感がしてきたよ。
「ねーえ舎弟くん。諦めたら? 今お相手してるのは手腕のある不良だよ? 根暗ココロと一緒にいる不良なんて、ちょっぴりだけど空手を習っていたんだよ?」
ゲッ、まーじょーで?
つまりキヨタもどきのもどきがココロを拘束しているわけね。
うわ、マジで顔の距離が近い……古渡のことも気にしなきゃなんないし、体重掛けてくる不良のことも気にしないといけないなんて。
腕に力も入らなくなってきたけど、踏ん張れ俺。
こんなの日賀野のフルボッコに比べればなんてことないだろ!
「再三聞くけど、古渡さんは俺みたいなヤツがお好み? アンタと俺じゃ釣り合わないって。こーんな地味野郎を寝取って楽しいですかね?
ちなみに俺、童貞なんで? アンタを楽しませること無理っすよ?」
「ダーイジョウブ。男食いって大好きなんだよねぇ。
特に彼女持ちの彼氏を寝取るのとか、ね。経験の無い男、いっぱい相手にしてきているし、安心してよ。とにもかくにも泥棒するの大好きってわけ」
大好きってわけの“わけ”で顔が目と鼻の先になるってどゆことっすか?