青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―





――ピクリも反応しなくなった舎弟を前に、何もできずただただ名を呼ぶことしか出来なかったヨウは絶望にも似た感情を噛み締めていた。 



執拗に殴る蹴るの暴行を受けている舎弟。呼吸はしているようだが、痛みに反応を示さなくなっている。


その隣で舎弟の友が暴力を受け、悲鳴を上げている。


ヤマトは悲鳴が上がる度に、「くそっ、くそっ!」感情を吐き出して押さえ付けている手を振り払おうと躍起になっている。



ヨウの憤りがピークに達した。


五十嵐はあの時の事件の中心人物だった自分達を最後に、こうやって肉体だけではなく精神的苦痛を与えようとしているのだ。自分達の仲間意識の高さを知っているから。


「チクショウッ」


ヨウは柵越しから一階に視線を落とす。


倒れている仲間の哀れな姿に感極まって泣きたくなった(でも泣けなかった)。救いなのは一階に女性群の姿が無いこと。彼女たちは目を盗んで外に逃げたようだ。


良かった、ほんとうに、だけど――!



(シズ、ワタル、タコ沢、モトにキヨタっ……それにケイっ。皆、みんなヤラレちまって。くそっ、俺は何一つ守れなかったのかよ!)



ハジメの時のように、また!


力なく四肢を投げ出している舎弟を見つめ、下唇を噛み締めたヨウは絶対に許さないと感情を爆ぜさせた。


「ンの野郎がぁあ!」


押さえつけられている手に噛み付き、怯んだその手を振り払い、背後に立っていた不良に拳を入れ。


ヤマトを押さえている不良達を蹴り飛ばし(瞬間ヤマトはケンに向かって駆けた)、敗北が分かっていつつも暴れなければ気が済まなかった。


せめてっ、リーダーとして。


漁夫の利作戦を決行させた主犯を討ち取るだけでもッ、討ち取るだけでもッ!



自由になった二人に焦ることもなく、寧ろ嘲笑うように口角をつり上げ、仲間を呼んで自分は後ろで高みの見物。


再び取り押さえられ、暴行を加えられても、ヨウは暴れた。怒り任せに暴れ、喉が裂けんばかりに声音を張る。




「五十嵐っ、テメェ覚えとけッ! 仲間にした仕打ちっ、ハジメにした仕打ちッ、必ず返すからな。これで終わってたまるかっ。テメェだけはぜってぇに許さないっ、あの時も、今もっ、今この瞬間も―――ッ!」












利二が浅倉達と共に川岸の廃工場に来たのは、それから小一時間経った頃のこと。
 
響子達の携帯で応援要請に急いで駆けつけたのだ。

助けを求めに来た彼女達も途中で合流、共に廃工場に赴いた。


日賀野達の協定チームも一緒ではあったがお互いに争う気などなかった。


浅倉達がヨウ達に借りがあるように、日賀野達のために駆けつけた協定チームも借りがあるようで、ピンチという言葉に大層血相を変えていた。


廃工場に足を踏み入れ、利二は惨状に絶句するしかなかった。

一階では血を流している両チーム達。全員が気を失っているらしく、倒れたまま微動だにしない。


「こりゃあひでぇ。敵はトンズラしたようだが……とにかく手当てが先だ!」


浅倉は急いで荒川チームを運ぶと指示。

涼や舎弟の桔平、蓮が仲間達と共に荒川チームに駆け寄った。


利二は次々に運ばれる仲間を見やりながら(こっ酷くやられているのは一目瞭然)、地味友、そしてリーダーの姿を探す。


一階に倒れている仲間達は全員運ばれたようだ。


ということは二人は二階、もしくは三階にいるのだろうか。


「け、ケイさん」


ココロが何かに惹かれたのか血相を変えて階段を上り始めた。


慌てて利二、彼女の姉分も後を追い駆ける。


彼女は迷う事無く二階から三階に上り、そして立ち止まって顔面蒼白。


遅れて二人が上がると、そこには倒れている四人の面子。

順にヤマト、ヨウ、ケン、そしてケイが四肢を投げ出して倒れていた。


一階にいた仲間同様、こちらもこっ酷くやられ、気を失っている様子。


「ひ、酷過ぎる」


響子の隣で利二は絶句するしかない。


血の気を失ったココロがふらふらっと仲間に歩み寄る。

まず手前で倒れているヨウに声を掛け、軽く揺すって起きてくれるよう懇願。反応はない。



次いで最奥で倒れている彼氏に歩み寄り、両膝を折った。



ぐったりと手足を投げ出して倒れている恋人の頭を膝に乗せ、起きてくれるよう懇願。やはり反応はない。


下ろしている瞼、額、頬を撫で、投げ出している右の手を取り、優しく握り締めてクシャリと泣き笑いを零す。


「ケイさんのことだから、頑張ってできない喧嘩をしたんですよね。
分かっています。ケイさんは強い人ですから……強い人ですから。だから泣きませんよ、筋違いですもの」 


彼女は声音を震わせ、やられた仲間達の無念を噛み締め、敗北に辛酸を味わい、目を伏せる。



「ごめんなさい。私は弱い人みたいです。ケイさん……ヨウさん……これはショックです……ショック過ぎます」



ついにココロは背を丸め、膝に乗せている頭を強く抱き締めて小刻みに体を震わせる。


姉分の響子が彼女の肩を抱き締めるが、ココロはただ感情を抑えていた。

泣くなんて惨めな気持ちに、どうしても支配されたくなかったのだろう。



利二は田山に勿体ないほどの強い彼女じゃないかと気を失っている地味友に悪態をついた。



「田山……荒川さん……無事でいてくれと言ったのに。言ったのに」



喪心しているヨウの体を背負い、利二はやるせない気持ちに襲われる。


この行き場のない気持ち、何処にぶつければいいのだろう。

日賀野チームの協定が仲間を助けている最中、利二はヨウの体重の重みを背で感じながら項垂れた。ただただ項垂れていた。





その土曜の休日。


地元で名高い不良、荒川チームと日賀野チームが衝突。



以前から対立していた両チームの勝敗は引き分け。


否、第三者の乱入により、文字通り状況は『漁夫の利』と化した。



両チームは一部を除き、全滅してしまったのだった。



⇒Final





№Final:PRIDE ROCK
 ┗不良には不良のプライドがある。地味には地味のプライドがある。男には男の、女には女の、チームにはチームの、プライドってヤツがある。





【ツイッター中なう】


いがらし(@×g●×g●)プロフィール
⇒取り敢えず、毎日を平々凡々に生きている男。刺激を求める夢追い人。刺激ある喧嘩を求め㊥

最近、とある不良どもを喧嘩の舞台に誘って遊んでいるw



[タイムライン(↑古新↓)]

@×g●×g● いがらし
wktk(ワクテカ)キタ。これからちょいと復讐喧嘩に行って来るw作戦決行してくるなうw
(××日前)


@×g●×g● いがらし
馬鹿どもが踊らされてドンパチしてるなう、見るだけで満足してきたw
ここまで踊らされてるとこれはこれでヤッてやったぜ的気分w帰ろうかなぁwww
(××日前)


@h●r×h×r● ふるわたり
@×g●×g● ちょwww見るだけ見て終わりとかwww計画変更とかないわw 
真面目にお仕事してきてくらはい\(^^) /
(××日前)


@×g●×g● いがらし
h●r×h×r● うぃっす、がむばってきますwww
(××日前)


@h●r×h×r● ふるわたり
@×g●×g● 楽すぃ報告まってますわ(^з^)-☆Chu!! 
(××日前)


@×g●×g● いがらし
三階に上がりあがり㊥。おっと、踊らされていた馬鹿リーダー二人発見。すっごい形相だw
(××日前)


@×g●×g● いがらし
ほぉら、『漁夫の利』作戦が始まった。
馬鹿どもはどよめきと悲鳴を上げ、傷付いて行く仲間に対して心を痛める。それが奴等の最大の強みであり弱点でありなう。
(××日前)


@×g●×g● いがらし
これにて『漁夫の利』作戦は幕引き。
ククッ、だがこれで終わらせないぜ。仲間ごっこしている奴等を完膚無きまでに叩きのめす。それが俺の最大の復讐であり、今一番熱中しているゲームだ。
(××日前)


@h●r×h×r● ふるわたり
@×g●×g● こwわwいwwwww
(××日前)



ツイッターのタイムラインを見返していた古渡はクスリと笑声を漏らし、足を組んで柔らかな太腿に肘を乗せて頬杖。


「更新率高いわ」


ソファーに流し目、寝そべっている五十嵐にツイッター中毒者と皮肉る。


ツイート数も軽く四桁は超えているではないか。

まだ始めて一ヶ月も経っていない筈なのに。熱中し始めたら徹底的にのめり込むのだから感服してしまう。

一日のツイート数を教えて欲しいもの。

タイムラインが更新された。


>>@×g●×g● いがらし
そんなにも褒められると照れるんだぜw
(15秒前)


わぁお、言葉でなくわざわざツイッターで返答。


なんのためのお口だろうか? 

んなにも傍にいるというのに。


中毒者め。


心中で毒づきつつも古渡はクスクスと笑い、携帯を閉じるとソファーに寝転がっている五十嵐に歩み、スペースの空いたソファーにどっかり腰掛ける。


浮き沈みするなめし皮ソファーはギッ、ギッ、と軋んだが古渡は気にすることなく、染まった長い銀髪を骨張った指に絡ませた。



「これからどーすんの?」



漁夫の利作戦を成功させた我等がチームの頭に質問を飛ばしてみる。


まさかこれで終わるのか?

だったらツイッターで呟いていた言葉は嘘であり、自分とその他仲間をぬか喜びさせるだけなのだが。



すると風船ガムを膨らませた五十嵐が、それを自分の舌で割り、弄くっていた携帯を閉じるとガムを口内に戻す。



「終わるわけねぇだろ。高校に味わった雪辱を晴らすまでは執拗に甚振ってやるさ。特に荒川と日賀野は容赦してやんねー。ったく、今も思い出しただけで腹立たしい。あいつ等がいなかったら、地元で悠々でかい面できたっつーのに」


「何処の王様気分? 元はと言えば、竜也があの二人のいるグループにちょっかい出し始めたのが原因でしょー? 竜也が気に食わない理由で仲間を弄った。だからしっぺ返しの『漁夫の利』作戦を喰らった。でしょ?」



意地悪く鼻で笑ってやれば、五十嵐はぶうたれる。

眉根を潜めたままぶっきら棒に言葉を返してきた。


「俺は、今まで上手くいかない事の方が少なかったんだよ。
言うなりゃ人生の勝ち組ってヤツ? 思い通りにならなかったことも少なけりゃ、俺に逆らう奴もそうはいなかった。別に厨二病発言をするわけじゃねえが、『力量さえあれば他人なんざ意のまま』だと思ってきた」


「うっわ。引くんだけど」



「……あ? 十二分に厨二病だって言いてぇのか? んじゃ、それでいい。とにもかくにも力量あってこその世の中だと思うわけだ。

厨二病らしく言えば、


『クハハッ、所詮この世は弱肉強食! 強ければ勝ち、弱ければ負け!』だ。


……漫画っぽい台詞か?
そりゃ俺流に言葉は換えたが、これ、どっかの漫画キャラが吐いていた……どうでもいいだろうそんなこと。


弱ぇ奴なんざ、弱いから悪い。

気弱だから苛められたり、ストレス発散道具として扱われている。それが当たり前だと思っていた。力量のある勝ち組のために存在してくれるとさえ思っていたぜ」


語り部が古渡の豊富な胸に目を向ける。

舌なめずりをしている時点で揉んでやりたいなどと下心を持っているに違いない。このスケベめ。





「結局のところ何が言いたいかって言うと、俺は勝ち組だって自負していたし、今の今まで大敗したことがなかった。

奴等が『漁夫の利』作戦を決行しなければ、敗北の『は』も知らなかった。


けど俺は負けた。

向こうの見事な戦略で大敗も大敗。

狡かろうが何だろうが、中坊に負けたのは油断していた俺に敗因がある。


あの時の大敗は俺にとって人生最大の屈辱。レッテルを貼られた気分だった。
しかも仲間ごっこしている不良達に負けた。プライドがズタズタに引き裂かれたぜ」


伸ばしてくる疚しい手を叩く。

どさくさに紛れて、美味しい思いをしようとしてもそうは問屋が卸さない。


「奴等ほど仲間ごっこしてる奴等はいねぇ。
ある程度の仲間は、互いの利得のために必要不可欠だろうが『友情』なんて反吐の出る情をにおわせている奴等に負けたなんて、胃袋が捩れそうだった。

ああいう甘っちょろい奴等は嫌いなんだ、俺は。

仲間がヤラれたから、どんな手を使ってでも勝とうと仇討ちしてきたあの中坊達。

バッカみてぇなことしてくれた奴等に負けた俺。惨めなうなう。

あ、過去形か。作戦成功のおかげさまで幾分気分が晴れたしな」


しかし、それはあくまで“幾分”だと語り部は言い切る。

完全に気が晴れるまで、何度も甚振るつもりなのだろう。


何度だって絶望をあわせるつもりなのだろう。


恐ろしい男だと古渡は口角を持ち上げた。



「すべてが終わった時、俺はもういっちょ思い通りに地元の不良達を甚振ってやろうと思う。これでも俺、ヤラれる前まで地元の不良には恐れられてた存在なんだぜ? 地元は俺のもの……ってな」



「厨二病っていうより、ジャイアニズムよ。竜也のその発言。で、これからどーするの?」

「誰よりもあの二人を甚振ってやりてぇからな。奴等のいっちゃん精神的ダメージになりそうなことを起こす」



例えば、日賀野大和はセフレを随分大事にしているそうだ。

輩のセフレの名前は小柳帆奈美、荒川庸一の元セフレだった女。風の便りによると荒川庸一も、未だにその女に未練があるらしい。


それから荒川庸一自身は『漁夫の利』作戦で性格をよく理解した。


輩は舎弟を何よりも心の支えにしている。


目の前で随分と嬲ったが、あれほど取り乱すとは思わなかった。

予想外だった、仲間、特に舎弟を支えにしているのだと五十嵐にはすぐ分かったのだと言う。


「地味っこいあれが支え。ッハ、笑えるぜ。直海、小柳帆奈美と荒川の舎弟をマークしろ。ありゃ特に使える」

「リョーカイ。私もちょい興味あったんだよねぇ。荒川の舎弟……正確には荒川の舎弟と繋がっている彼女の方だけど」


古渡は嫌味ったらしく口角をつり上げ、形の良い上唇を赤い舌で舐めあげた。


根暗のココロのくせに彼氏、仲間、ずいぶんと楽しそうな玩具を持ったじゃないか。


また自分に苛めて欲しいみたいだ。


根暗のココロを一丁苛めてみようか。


クスリと笑声を漏らす古渡は、早速行動に移ると携帯を弄くり始める。ゲームは熱中している間に長くながく楽しみたいから。


「仕事熱心で助かる」


五十嵐はガムを噛みながら古渡に一笑。


「楽しいことは好きだからね」


ウィンクすると、ソファーで寛ぐ五十嵐が再び携帯を開き始めた。


ツイッターで心境でも呟くつもりなのだろう。古渡は肩を竦めて自分のすべきことを脳内で考える。すべては己の快楽のために。







「あーあーあ、義兄さん。調子付いてきたなぁ。これだから不良って奴は」




塾から帰って来た須垣誠吾は廊下の壁に背を預けて彼等の会話を盗み聞きし、ヤレヤレと肩を竦める。


須垣誠吾と五十嵐竜也は二つ違いの異父兄弟だった。


家庭事情により別々の屋根の下で暮らしているが、ちょいちょいこうして義兄が我が家に押し開けて寛いでくる。



十中八九、自分に仕事を与えるためだろうけれど。



義兄がこんなジコチュー不良なため義弟の自分は何かと苦労している。

眼鏡のブリッジを押し、

「早く全部が終わらないかなぁ」

誠吾は小さく吐息をついた。


「僕はウンザリなんだよ。義兄さんの傍若無人っぷりには」


大体荒川と日賀野が仲間を率いて義兄に喧嘩を売らなければ、勝利しなければ、こんなメンドくさいことにはならなかったのだ。


とはいえ、義兄がこうも上手くいっていると腹立たしい。


少しはその鼻、へし折ってやりたい気分だ。


今は従順な好(よ)き義弟を演じてやっているが――。



「すこーし義兄さんに刺激を与えてあげてもいいかな」



黒く忍び笑いする誠吾は義兄に気付かれぬよう抜き足差し足忍び足でその場を立ち去る。



あくまで表向きでは演じてみせようじゃないか、義兄の成り下がり義弟を。水面下では、さあ、どう本性を秘めておこうか――?



⇒#01



◇ ◇ ◇



「ご機嫌はいかが? 隣さんの圭太さん。俺はとてもご機嫌ですよ。今日も晴天、好い天気ですね」

「あらやだ、お隣の庸一さん。こちらもすこぶるご機嫌ですよ。相変わらず体は痛い痛いなんですけれども。いやはや、もはや舎兄弟という名の運命を感じマスネ。お互いにお隣を陣取るなんて」


「まったくデスネ。おかげさまで退屈じゃありませんこと! ははっ、テメェの悪ノリが俺に感染っちまった。アリエネェんだけど、圭太さん」

「いやいや、庸一さん。俺のせいですか? それは責任転嫁っていうものですよ」


おほほっ、おほほっ、あははっ、あははっ、きゃはっ、きゃははっ、最後に揃って溜息。  


昼前から俺達はなあにお馬鹿なやり取りをしているんだろう。

今は落ち込むべき状況なのに。


こうやってお馬鹿やり取りを舎兄としている方が気分的に楽なんだけさ。


さてと悪ノリも此処までにして、真面目に近状を説明する。

土曜日の決戦で決着どころか第三者の乱入により、荒川チームと日賀野チームはほぼ全滅。壊滅。破滅(あ、最後はちげぇか)。


とにかく第三者の乱入により俺等は『大敗』というレッテルを貼られて、病院に搬送された。


搬送されている最中のことは覚えていないけれど(最後の記憶は五十嵐という男に首を締められたところまで。死にかけたって記憶はある)、目が覚めたら病室にいた。


随分こっ酷く、そして粘着質の高い虐げられ方をしたものだから、チームメートの半数は入院している。


入院しているのは俺、ヨウ、ワタルさん、キヨタ。

かろうじてタコ沢、シズ、モトは入院を回避したみたい。


通院は決定事項だったようだけれど。 


大半は一週間程度の入院。皆、目に見える重傷を負っている。


俺も例外じゃない。

頭に包帯を巻いて人生初の入院を経験している真っ最中だ。

首を動かしたり、寝返りを打つだけでも痛みが走る。


普通に“動く”という行為が苦しくて仕方がない。


酷い怪我を負っているのはワタルさんだ。肋骨に軽くヒビが入っているそうだ。

彼とは病室が違うけれど、お見舞いに来てくれる女子組が一番やばい怪我を負っていることを教えてくれた。


何かのご縁なのか、四人用大部屋で同室となった舎兄は俺の隣で体を労わっている(俺等以外、今のところ入院患者はいないから気兼ねなく話せる)。


同じように頭に包帯を巻き、顔にはベタベタとガーゼを貼っている舎兄は見事にイケメンが台無しだ。


傷だらけのイケメンと言ったら絵になるとは思うけれど、普段のイケた面子を知っている分、今の顔は見ていて痛々しい。


そんなイケメンのことヨウ曰く、俺と一緒で初入院だそうだ。


ここまで酷い怪我を負ったことも、喧嘩に負けたこともないのだと言う。


なにより今回の喧嘩は不意打ち過ぎた。

舎兄は奇襲でなければ、もう少し抵抗できただろうと判断しているようだ。

うん、俺自身もこんな理不尽な喧嘩を経験したのは初めてだよ。日賀野達の決着以前にワケも分からず第三者にヤラれて腹が立っている。


でも、それを表には出していない。

俺もヨウもあの日の土曜のことは、まだ思い出したくも、話したくもないから。


大敗はとてもショックだった。

覚悟を決めて全部を終わらせようと日賀野達とぶつかったのに、こんな形で決戦が終わるなんて。



そういえば、日賀野達もこの病院に入院していると女子組が言っていたな。



同じ病室にならなくて良かった。

健太だったらまだしも、日賀野とヨウが一緒にでもなったら、病室はまた戦場と化すに違いない! 大真面目な話、そんなことになったら入院が長引くって。






そうそう。

戦場といえば入院に関して、ちょいと俺達は家族と一悶着あった。正しくはヨウとヨウのご両親。



先に病室で目が覚めた俺は両親が傍にいてくれて親身に心配してくれたんだけど(ついでにメッチャメッチャ怒られたんだけど)、遅れて目が覚めたあいつの傍にはご両親がいなくて、代わりにヨウの義姉さん、荒川ひとみさんだけが傍にいた。


ひとみさんは大学生のお姉さんで、ヨウと血縁関係がないから顔はちっとも似ていない。


けれどヨウの義姉さんだと言われても納得できる美人。


しかも義弟思いで、優しい性格の持ち主のようだ。


目が覚めたヨウのことを親身に心配していたのだから。


ただヨウ本人はひとみさんに対して「ああ」とか「ン」生返事ばっかりだった。


彼女が何を言っても曖昧に反応を返すだけ。


傍から見れば素っ気ないようにも取れるのだけれど、それは勘違いであいつは彼女の優しさに戸惑っていたみたい。


基本的に家族に対する気持ちは冷めているヨウだから、義姉に過度な心配を寄せられるなんて予想だにしていなかったらしい。


どう反応すりゃ良いか分からなかったみたいだ。


矢継ぎ早に喋っては心配を口にし、甲斐甲斐しく世話を焼く義姉さんに困惑の苦笑気味だったよ。


微笑ましい気持ちを抱いて様子を見ていたのも束の間、ヨウの両親が遅れながらもようやく登場することによって事態は一変。病室は氷点下となった。


ヨウの母親はあいつとまったく血縁関係が無い。お父さんと再婚した新しいお母さんだから、ひとみさんにとても似ている。



一方、ヨウの父親はヨウに似て容姿端麗、鼻筋の通った顔立ちをしていた。

ただし性格はめちゃくちゃ厳しいみたいで、病室に入るや否や俺や俺の両親がいるにも関わらず怒声。


心配どころか、


「またお前は家族に迷惑を掛けて!」


病室なのに、頭ごなしに怒鳴り散らして愚行を犯すなと聞くに堪えない暴言を吐き散らす。

「お父さん!」

ひとみさんは俺達の存在を気にし、またヨウ自身を思って父親を非難していたけど、綺麗に無視して息子に怒声を張った。  


「愚息のお前を持ったことは大きな恥だ。入院を契機に馬鹿はやめることだな。金ばかり掛ける奴だ」


出鼻からそりゃあんまりだろ、ヨウの心配はしないのかよ。

あんたの息子は仮にも入院しているのに。

心中で毒吐いて傍観者になっている俺を余所に、


「これに懲りたら更生しろ」


ヨウのお父さんは辛辣に今のヨウのすべてを否定していた。

人格すら否定して嫌悪感を露わにしている。


本人は言われ慣れているのか、


「うっせぇ」


一蹴するだけ。

それに激怒したヨウのお父さんは、怪我人相手にも容赦せず平手打ち。


ヨウのお母さんは静観するだけで庇うこともしなければ、止めることもしない。


何もせず冷ややかに見守っているだけ。


ひとみさんだけがしきりにヨウを庇い父親を非難していたけど、あいつは両親から、ちっとも心配されていなかった。


それが見ていて悲しかった。

なんだかヨウの家庭事情をまんま目の当たりにしている気分だった。



しかもヨウのお父さんは何を思ったのか俺を一瞥し、「こうやって人を巻き込んで迷惑を掛ける」等々皮肉る始末。


どうやら俺とヨウが関わりを持っていることは相手に知れているようだ。

息子の言動すべてが気に食わないのか、何故か俺の怪我のことまでヨウのせいにしていた。


違うのに……これはヨウのせいじゃないのに。



「更生するまで他人と関わるな。人様にも迷惑が掛かる。特に今のお前はな」



まるで今のヨウ全部が悪い、そういう言い方でヨウのお父さんは息子を責め立てていた。

ちっともヨウのことを分かっていない。分かっていないよ。


ヨウは好い奴だよ。

見た目は不良だけど、中身は気さくで兄貴肌。両親は知らないんだ。ヨウも仲間思いで優しい一面を。


胸の締め付けがピークに達した時、ヨウのお父さんが不貞腐れてばかりで反省をしないヨウをまた叩こうとした。


めちゃくちゃだ、この人!


思った直後のこと。

それまで傍観していた俺の父親が止めに入った。



まさかの事態に息子の俺は唖然。



だって父さんはそういう風な争いごとがあっても他人事だからだと、絶対に口出しはしないのに。平和主義者なのに。ついでに電波な不思議ちゃんなのに。


「此処は病院ですから」


父さんはそう、やんわり止めてヨウに味方。

それは俺もヨウも、そして向こうの両親も驚く光景だった。愛想よく挨拶して、息子の怪我について物申す。


「圭太の怪我は庸一くんのせいじゃありませんよ。二人とも男の子だから、ちょっと馬鹿をして入院をしただけです。

男の子ですから、やんちゃなくらいが丁度良いんです。馬鹿を見るのも二人ですけどね。
入院費は追々は大人になってから親孝行する形で返してもらえればいいと私は思うのです。

それに庸一くんはとても良い子ですよ。
圭太と凄く仲良くしてもらっていますし、泊まりに来てくれた時は何かと家の手伝いをしてくれます。

ご自慢すべき息子さんだと思いますよ。イケたお顔も含めてね」


相変わらず父さんは場の空気も読まず、マイペースにのほほんと意見を述べる。



「親の我々が子供達にできることは、今の我が子の姿をしっかりと見てやることじゃないでしょうか?
それに荒川さん、親に迷惑を掛けない子供はいませんよ。子供は親に迷惑を掛けて育つもの。違いますか?」