青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―




ヨウは改めてモトに目をやり、肩に手を置く。


「何でそんなに機嫌悪いんだ、モト。普段ならこんなこと絶対しねぇだろうが。今日のお前、三倍不機嫌じゃねえか」

「べ、別に……オレは舎弟が気に食わなくて」


「モトちゃーんが狙っていた中古のゲーム、先に買い手がついちゃったんだってー」


後ろからワタルさんの声が聞こえた。

振り返ればやっぱりワタルさんがいた。

エスカレータで上って来ているところだった。


どうやら今まで二階でゲームに勤しんでいたらしい。

ニヤニヤと笑いながらワタルさんが俺達のところに来た。


「モトちゃんが喉から手が伸びるほどやりたがっていたゲームソフト取られて、さっきまで嘆いてたんだヨヨヨ~ン」


だから機嫌が悪いんだよ、とケラケラ笑ってくるワタルさん。


相変わらず口調が一々ウザイ。


ってか、じゃあ何か?


俺はゲームが買えなかった鬱憤をぶつけられていたのか? そりゃあんまりじゃねえかよ! 舎弟とかそんな話以前の問題だろそれ!


不機嫌の理由が分かり、ヨウも心底呆れているようだった。

居た堪れないのか口を尖らせながらも言い訳を始めるモト。


「誰かに借りようと思っても、誰も持ってなかった限定ソフトが五千で買えたんですよ? しかも全シリーズ合わせて五千! なのに取られて…」

「だからってケイに当たるんじゃねえよ」

「オレ『パーフェクトストーリー』がしたくて堪らなかったんです。なのに取られて悔しかったんです。誰か持っている人を紹介して下さいよ!」


嘆くモトに、ヨウは呆れ返って言葉も出ないようだった。


「んなの俺が知るか。テメェで探せって」

「結構難しいと思うぜ、ヨウ。『パーフェクトストーリー』は期間限定でしか販売しねぇレアなRPGソフトだもん。予約しねぇ限りなかなか手に入らないし」

「ケイ。お前、詳しいな」


「だって俺も持っているから。パーフェクトストーリーのⅠからⅣまでの全シリーズ」


実は結構ゲームする方なのだ。ゲーマーというほどでもねぇけどさ。

するとギャーギャー嘆いていたモトが目を皿にして俺の方を見てきた。


ヤバッ、余計なことを言っちまった。

ヨウの舎弟になっている気に食わない俺がソフト持っているなんて、モトにしちゃ腹立たしいよな。


愛想笑いを浮かべながら、話題を逸らすためにワタルさんに話し掛ける。


「朝はメールどうもです。寝ちゃってすみません」

「いいよーいいよー。僕ちゃーんの伝言を覚えてくれていただけで。ケイちゃーん、盛っていたもんね」

「も、盛っていません! ついでに言っちゃなんですが彼女いません!」


「分かっているって。ケイちゃーんはからかい甲斐あるなぁ」


俺は嬉しくねぇから!


ワタルさんに反論できず(勿論恐いから)ヤキモキしていると、シズから携帯の着信音が聞こえた。

シズはダルそうに欠伸を噛み締めながら携帯に出ていた。

煩いゲーセンでよく電話なんか出来るな。

感心していると、シズは眉根を寄せてヨウやワタルさんに視線を向けた。



「弥生(やよい)からだ。ハジメと一緒にコンビニに向かっていたら、奴等に喧嘩吹っ掛けられたらしい。今、川岸の廃工場に逃げ込んだらしいがハジメだけじゃ対応できない人数らしい」



奴等?


それは一体、誰を指しているのだろうか。

弥生、ハジメ、という奴はヨウ達の仲間だって分かるけど。





俺以外、皆険しい顔を作っている。

ココロは「弥生ちゃん達大丈夫かな」とオロオロし始めていた。盛大な舌打ちをして響子さんは地団太を踏む。


「あいつ等っ、ハジメがあんま喧嘩デキねぇこと知って狙いやがったんだ。ちっせー奴等ッ」

「川岸の廃工場は途中までしか俺様のバイクでも行けねぇぜ。どうする?」


ワタルさんの口調が変わる。

ニヤついた表情が全くない。キレている証拠だ。

「だったら走って行くだけだ」

言うや否やヨウは上り専用のエスカレータを降りて行った。


俺が呼び止めてもヨウの耳には全く届かなかった。

途方に暮れている俺に、ワタルさんはいつもの口調で笑ってくる。



「ヨウちゃーんは誰よりも仲間思いだからジッとしてられないんだよーん。自分のメンバーの誰かが傷付いたら、誰よりも逸早く助けに行こうとする奴だから。

さてと、僕ちゃーん達も行こう。バイクに乗れる組は乗ってねん」



ワタルさんが皆に指示している間も、俺は心の中で溜息をついてしまう。

不良って本当に厄介だ。

恐いし逆らえないし、俺達地味日陰組からしたら、不良は眩し過ぎて別世界の人間のように感じるし。

俺はそんな不良の中に嫌々入った。

入らされたって方が的確かもしんねぇ。


だからこういう喧嘩騒動の場合、俺は関わらなくても良いんじゃないかと思う。

ヨウの舎弟と言っても成り行きだし。


皆が行動を開始する。

シズは喧嘩慣れしてねぇ俺を気遣ってココロと一緒にいるよう言って、他の皆と一緒に階段で下りて行った。


その際、モトに睨まれた。

きっと「舎弟のクセに」なんて思っているんだろうな。

ココロは俺をチラチラ見て「大丈夫です」とはにかんでくる。


「みんな、お、お強いんです。ケイさん、あ、安心して下さいね」

「……なあ、川岸の廃工場って言ったよな?」

「え? ……ええ」


「川岸の廃工場。走っても二十分は掛かるぜ。バイクで行けねぇなら……ったく、俺って馬鹿じゃねえ?」


俺自身に悪態付いて、床に転がっている通学鞄を手に取るとエスカレータに向かった。

「あ、ケイさん」

ココロの呼び止めに手を振って俺はエスカレータを転がるように降り始める。


三階から二階、二階から一階、途中客の誰かとぶつかりそうになったけど気にせず段から飛び降りる。


店内にいた学生の集団が「何だコイツ?」という目で見られたけど、痛くも痒くも無かった。


ゲーセンから飛び出した俺は、ワタルさん達の姿を目にしながら自分のチャリに向かう。

ポケットから鍵を取り出し、急いで鍵を外すとチャリを通行路に出して素早くチャリに跨ぐ。



「あれ? ケイちゃーん?」



ワタルさんの声が聞こえたけど、完全に無視して俺はチャリを漕ぎ始める。

俺のチャリの速さなら直ぐにヨウに追いつく。


風を切って俺はヨウの後を追った。





「スッゲー速さ……」

去って行ったケイにモトは目を丸くする。

あのチャリの速さ、異常じゃね? そう思うくらいケイのチャリの速さは凄き。あの速さで何処へ向かったのだろうか。

呆然と見送っているとシズからヘルメットを投げ渡された。


「乗れモト」

「あ、ああ」


ヘルメットをかぶりモトはシズの後ろに乗った。


「やるじゃーん。ケイちゃーん。気に入ったよよよん」

「そのウザイ喋り方どうにかなんねぇのか」

「響子ちゃーんったらぁ、僕ちゃーん傷付いちゃうぞ」



「ウルセェんだって。その喋り。けど、一つだけテメェに同感してやるよ」



響子の言葉の意味を理解し、ワタルはニヤニヤ笑いながらバイクに乗った。




⇒#03








俺は真正の馬鹿だと思う。 



無理やり不良の舎弟にされて、その日から怯えるっつーか頭の痛いっつーか、そんな日々が訪れて。

ヨウに出会ったことを凄く後悔した。

あの時なんでチャリを爆走させちまったんだと嘆いたし、あの出来事を取り消したいと思ったし、おかげでタコ沢に恨み買っちまったし。


今だってその気持ちは変わらない。

俺、前のように地味で平凡で薄情三人組と適当で平穏な日々を送りたいと思っている。


なのにどうしてチャリを走らせているんだろうな。


多分、見ちまったからだと思う。

仲間が危機に曝されていると知った時のヨウの顔を。

バイクでも途中までしか行けない川岸の廃工場に仲間の為に、走ってでも向かうなんて。

あんなヨウを見ていたら、何か手を貸したくなるじゃん。何かしてやりたくなるじゃん。

きっと此処で何もしなかったら、仮に平穏な日々が戻ってきても俺は一生後悔すると思うんだ。


不良に手を貸して後悔するのと、何もしないで後悔するのだったら、手を貸して後悔した方が後味良いじゃん。


俺には腕っ節なんて無いけどさ。

俺には喧嘩経験なんて殆ど無いけどさ。


ハンドルを切って俺はスピードを落とさず通行人を器用に避けていく。


通行人に目を配り、俺は派手な不良の姿を探す。この周辺にはいないようだ。


まだ先に行ったのか?

ペダルを漕いでいると、信号前で立ち止まっている不良を見つける。


息があがっているのか、膝に手を置いて赤になっている信号を睨んでいる。


信号を待つ時間さえ惜しいようだ。俺はチャリを止めた。



「ヨウ!」



弾かれたようにヨウがこっちを見てきた。

俺は笑って後ろを指差した。


「急ぐんだろ? 乗れよ」


俺は腕っ節も無いし、喧嘩経験も殆ど無いけど、お前の足くらいならなれるんじゃないかと思う。なあ、そうだろ?


あがった息を整えながらヨウは俺を見て小さく笑った。

やっぱイケメンの笑う顔って反則だよな。


どんな時でも格好良く見えるんだかさ。


ヨウは迷うことなく俺の後ろに乗ってきた。

しっかり肩に手を置いて掴んでくる。

後ろを一瞥して俺はペダルに片足を乗せた。


「注意事項は三つ。荒運転でいくから振り落とされるな。振り落とされても俺は拾わない。とにかく限界までスピードを出す。以上」

「オーケー。いつでもいいぜ。舎弟」


俺はペダルを力一杯踏み、信号とは別の方向へ走らせる。

ヨウは「ハア?!」声を出してきた。

予想外の行動だったんだろう。運転に集中しながらヨウに説明した。


「この先、四つの信号が待っている。んでもって信号で時間食う確率が高い。だったら裏道を通った方がいい」

「ケイ。分かるのか、道」


「任せとけよ。裏道を使えば、十分以内で着く。しっかり掴まっとけ!」


ハンドルを右に切って細い路地裏へと入って行く。

妙に湿気た生臭い空気が鼻腔を擽るけど、振り切るように俺はペダルを漕いでいく。


転がっている空き缶がチャリの何処かに当たったのか甲高い音を立てて、宙を舞いまた地面へと叩きつけられていた。


どっかの店のエアコン室外機にぶつかりそうになりながらも速度は落とさない。


路地裏を抜けると直ぐに民家のコンクリート塀が現われた。





ぶつかる覚悟で俺はハンドルを切る。

ぶつかる直前、ペダルから片足を離し塀を蹴って衝突を防いだ。

チャリが傾き倒れそうになったけど、チャリのハンドルを器用に切りながら態勢を持ち直す。

速度は落ちていない。

あまりの荒運転にヨウは俺の肩を痛いくらいに掴んでくる。

痛いけど落ちられるよりマシだからここは我慢することにした。


上り坂が見えてきた。

限界までペダルを漕ぎながら俺は坂に挑む。

坂に差し掛かると立ち漕ぎだ。

よく坂を上り下りするけど、やっぱ一人と二人じゃ違う。

マジにきつい。坂に思わず俺は音を上げたくなった。


だけど、ここで音を上げたら格好悪い。

俺から「乗れ」っつったんだ。


これくらい格好付けなきゃ男廃るだろ。平凡以下になるぜ、俺。


「ケイ、大丈夫か? 降りるか?」

「ちょっ、今は話しかけるなッ……あと少しで上れッ、た!」


ダサいことに息があがっている。

俺は唾を何度も飲み込んで、どうにか息を整えながら下り坂を下りて行く。


この下り坂を抜けた先に川岸の廃工場がある。ラストスパートだ。

全速力でペダルを漕いで坂を下る。

風が伝う汗を撫でていく。


相当汗を掻いているみてぇだ、俺。


「ヨウ。言っとくけど俺、喧嘩には自信ないぜ? 弱いわけじゃないけど強いわけでもねぇから」

「ああ、此処までしてくれただけで十分だ。サンキュ」

「礼は仲間を助けてからな」


「それもそうだ。チッ、奴等め」


奴等。

ヨウは誰のことを言っているのか。


今は聞くべきじゃないんだろうな。



俺はヨウの言葉を聞き流すことにした。

坂の終尾が近付いてくる。


ハンドルを握り直して運転に集中していると、のんびりと通行人が俺達の前を過ぎろうとする。


あれは見覚えがあるぞッ、っつーか危ねぇ! のんびり歩くんじゃねえって! ベルを鳴らして通行人に危険を知らせる。

通行人は「何だ?」って見てくる。

そして猛スピードで坂を下りてくる俺達に目を削いでいた。ヨウは舌打ちをする。


「タコ沢! 邪魔だ!」

「ッ、俺は谷沢だあっ、アブナっ!」


ギリギリでタコ沢を避ける。


「チンタラ歩いているんじゃねえ!」


ヨウが怒鳴った。

ちょ、お前、なんでこんな時に喧嘩売るようなことしているんだよ。


タコ沢のことだから、多分。


「ッ、喧嘩なら買うぞゴラァアアア!」


ホッラァァア来た!

追い駆けて来ちゃっただろ!

どうしてくれるんだよ、ヨウ!


あいつ、ファイト精神強いから根性で追い駆けて来るって!


後ろを一瞥すれば、恐い形相で追い駆けて来る赤髪の不良が目に入る。


その髪の色、どう見てもタコウインナーしか連想できない。

なんて思っている場合じゃない。


厄介事に片足突っ込んだばっかりなのに、何でまた一つ厄介な事がやってくるんだ。


あれか厄介事は更なる厄介を呼ぶのか。


冗談じゃないぜもう。


とにかく今は、川岸の廃工場に向かうことが先だよな。


タコ沢は後でどうにかする。そう思うことにしよう。








小さくなるタコ沢の雄叫びを聞きながら、俺は見えてきた川岸の廃工場を睨み付ける。


あそこにヨウのダチがいる。


太い鎖で出入り口を封鎖した跡があるけど、誰かが故意的にその鎖を外したみたいで出入り口付近に錆びた鎖が転がっている。

チャリのタイヤで鎖を踏み付け、川岸の廃工場に入った。

視界に飛び込んできたのは古びたドラム缶の山。



角材らしきモノや鉄筋らしきモノが無造作に隅で転がっている。


そして数人の不良らしき奴等が、ひとりの銀髪不良を袋叩きしている。


銀髪不良は果敢にも抵抗しているけど、圧倒的に人数が多い。力の差は歴然だ。

もう一つ目に付くのは二人の不良に追い駆けられている女不良。

泣きそうな顔をして逃げている。

着くや否やヨウはチャリから飛び降りて、銀髪不良の元へ走った。



「ハジメに何してやがるお前らああ!」


「荒川だッ。荒川庸一が来たぞ!」



ヨウは取り巻く不良達に蹴りを入れる。

圧倒的人数なのに喧嘩慣れしているのか、ヨウは一人ひとりの攻撃を避けながら、あるいはワザと受けて隙を突きながら嗾(けしか)けている。


喧嘩慣れしていない俺もやるべきことがあるみたいだ。俺はペダルを踏んだ。





「来ないでよッ、放してよッ、馬鹿! アホ!」



「うぜぇアマだな」

「どうする? こいつ?」


不良二人のうち一人が女不良の細い手首を掴まえている。

女不良は必死に足掻いているけど男女の力の差は歴然。

無駄な抵抗にしかならず、男達の手からは逃げられない。


目尻に涙を溜めながらも、絶対に泣くものかと不良達を睨み付けていた。女ってこういうところが強いよな。


俺は感心しながらカゴに入れていた通学鞄を女不良の手を掴んでいる不良に思い切り投げつけてやった。


不良の顔面に見事直撃! 不良の片方が俺を睨んできた。

俺は臆しながらも言ってやった。



「俺、これでも一応真面目ちゃんなんで? 通学鞄には教科書や資料集等々ギッシリですよ? だから鞄は重たい上に? 投げつけられたら痛いですよね?」



ついに、ついに不良に嫌味を吐いてやったぜ! スッゲースッキリだコノヤロー!


内心喜びながら、手を振り切って男の手から逃げた女不良に「乗れ!」とチャリを指差す。

女不良は躊躇することなく俺に駆け寄ってきた。

素早く後ろ乗って俺の肩に手を乗せてくる。

もう片方が俺を睨み付けて追い駆けて来た。


「く、来るよ!」

「肩にしっかり掴まっていろ。荒運転でいくから!」


承諾したように肩を握ってくる。俺は直ぐにチャリを漕ぎ始めた。

ヨウの時のようには荒く運転できないな。後ろに乗せてるの女の子だし、振り落とされるかもしれねぇ。

早々と決着を付けた方が良さそうだ。

追い駆けて来る不良に何か出来ないかと目を配らせる。


そしてドラム缶の山が視界に入る。


ドラム缶の山を崩すのは危険だけど、ドラム缶の山のふもとに転がっているドラム缶なら使えるんじゃね? 俺は横に転がっているドラム缶に目を付けた。


「ちょっと衝撃がくるけど、落ちないでくれよ」

「うん、頑張る」






何をするのか分かったのか女不良が更に強く肩を握ってきた。

俺はペダルを限界まで漕いで、大きく旋回するとチャリの勢いに任せてドラム缶を突く。


「キャッ!」


女不良の悲鳴が聞こえた。

振り落とされないよう肩を握ってくる。

それはいいんだけど、爪を立てているようでちょっと痛い。結構痛い。我慢するけど。

ドラム缶は鈍い音を立てて追い駆けて来ていた不良に向かって転がる。


「アブネッ!」


不良はどうにかドラム缶を避けたようだけど、甘い!

俺は不良に向かってチャリを漕ぎ、ギリギリぶつかるかぶつからないかのところでハンドルを切る。


その際、不良の鳩尾に蹴りを入れた。

さっき壁にぶつかりそうになった時と同じパターン。壁を蹴ってぶつからないようにするアレを、今度は人にするだけ。



あんましたくないけど今の場合仕方が無い。



チャリのスピードと俺の脚力がプラスされたキックを鳩尾に喰らった不良は呻いて片膝をついていた。 



アウチ、不良に蹴り入れちゃった。なんかもう、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!って感じ。マジどうしよう。



罪悪感というより後悔、でもヨウのダチをああいう風にしたんだし。

響子さん風に言えば当然の報いってヤツかな。



もう女不良を追い駆けて来る輩はいないようだ。


俺は確認して女不良を地面に降ろす。

女不良はヨウと銀髪不良の安否が気になるようだ。

俺も勿論気になっていて、ヨウ達に目をやる。

ヨウは大丈夫そうだけど、銀髪不良が倒れ込んでいる。ヨウひとりで凌げそうな場面じゃない。俺はペダルに足を掛けた。


「ぜぇっ、ぜぇっ……や、やっと追いついたぜッ……ケイ!」


わぁーお、そのスンバラシイ雄叫びは。

ぎこちなーく出入り口を見れば、熱気を取り巻いているアツイ男・タコ沢の参上だ! 
青筋を立てているタコ沢は俺を見据えてこっちにやって来る。

そして俺の前にやって来たタコ沢は、荒呼吸を整えもせず胸倉を掴んできた。

「か、覚悟はいいかッ、この野郎が」

「ちょ、タコ沢! タコ沢さん! 今は無理ムリムリ! たんまたんま!」

「だぁああれがタコ沢だ! 俺は谷沢だっつーの!」


「ギャアアアアアアー! ごめんって!」


やっぱり不良恐ぇえええ! タコ沢の目が、目が血走っている!

鼻を鳴らして俺を見据えてくるタコ沢に愛想笑いで「ごめんって」と謝ってみるけど効果は無いようだ。ギリギリと歯軋りして胸倉を握り直してくる。


「てへ」


可愛く舌を出してみる。

タコ沢のこめかみに何本か青筋が浮かび上がった。


嗚呼、もしかして怒った? 怒っちゃった? 火に油注いだってヤツ?


「か、く、ご、はいいか? あ゛?!」

「……何故に濁点を付けるんだろう。不良って」

「何か言ったかゴラァアアア!」

「ギャアアアアアー! 何も悪いことは言ってないって!」


「ちょっと、その人放しなさいよ! 私の恩人なんだから!」


タコ沢に果敢にも挑んでくるのは、先程の女不良。

いや、いいんだよ。無理しなくて。貴方様には関係のない人ですから。


だからタコ沢をこれ以上煽らないでくれ! 助けてくれるのは嬉しいんだけどさ!


俺の懇願は虚しく散る。女不良がタコ沢の脛を蹴ったのだ。


「うをっツ!」


妙な奇声を上げてタコ沢が俺の胸倉から手を放す。

俺は急いで乱れた胸倉を整える。

女不良は俺の顔を覗き込んできた。


「大丈夫?」


「んー……ん、なんとか」


「あれ? あなた……もしかして私と同じクラスじゃない? 私、サボッてあんまり学校行ってないけど……なんかクラスで見覚えのある顔」


そう言われると、俺も女不良の顔を見て考える。

ウーン、そういえばこの人、見覚えあるような気がする。制服は俺の学校のだから、直ぐに同じ学校って分かるんだけど。

俺クラス、比較的真面目バッカなんだけどやっぱ数人は不良がいる。
その数人のうち大半が学校をサボっていたりするから、不良達の顔をあんまり覚えてないけど。

入学式終わって数日は不良様方も来ていたんだよな。

もしもこの人が、俺と同じクラスの人なら俺の思い当たる限り。



「苑田 弥生(そのだ やよい)?」

「田山 圭太でしょ!」


おおっ、同時。

俺も女不良も顔を見合わせたから、お互いに当たっている。


つまり俺達、同じ学校の同じクラスなんだ。


「やっぱり」


女不良は嬉しそうにはにかむ。彼女は「弥生でいいから」と言ってきた。

俺も弥生に「ケイでいいから」と言った、と、その時タコ沢が怒声を浴びせてきた。






「俺の存在を無視して呑気に自己紹介していんじゃねーぞゴラァアア!」

「あ、タコ沢。悪い悪い。別に無視していたわけじゃ」



「谷沢だァアアアアアアアアア! このッ、勝負しやがれー! 雪辱を晴らしてやる!」



喧嘩を吹っ掛けてくるタコ沢に、俺は「今はそんな時じゃ」と言葉を濁す。

そんな時、タコ沢に向かって邪魔と言った奴がいた。俺に鞄をぶつけられた不良だ。

鳩尾を蹴りつけてやった不良は未だ悶えているらしく復活する気配は無い。うん、鳩尾は痛いよな。ごめん。心中で謝っておく。

「そいつは俺がやる。退けよタコが」

「タ、コ、だ、と」

哀れこの不良はタコ沢のタブーを言ってしまった。きっとこの後、タコ沢の怒りを買うだろう。ご愁傷様。

俺は不良に合掌する。
不良は俺の合掌に気付くことは無かった。

何故なら、タコ沢が不良に右フックをかましたから。不良の悲鳴が聞こえるが、そんなもん俺の知ったこっちゃ無い。タコ沢の気が済むまで殴られてくれ。


ふと俺はヨウに目を向ける。

一人ひとり伸していくヨウはスゲェけど、ヨウはちょっと疲れているようだ。

人数が人数だもんな。俺はペダルに足を掛ける。弥生に此処にいるよう言うとチャリを前進させた。

さっきと同じ要領で勢いに任せて、ヨウの背後を狙っていた不良に蹴りをお見舞いする。


「あら、ごめんなさーい。俺、足癖悪くて」


嫌味も忘れない。
今だからこそ嫌味が言えるんだ。振り返ってヨウが吹き出した。

「ッ、クク、やるじゃねえかよ。ケイ」

「光栄デスヨ。兄貴」

「言うねぇ。ワタル達も到着したようだぜ」


出入り口にワタルさん達の姿が確かにあった。


「ヘイヘイヘーイ! なあに、もうおっ始めてるの~ん?僕ちゃーんの分ある?」


ニヤついているワタルさん。


「ハジメは随分ヤラれてるみてぇだな」


盛大な舌打ちをしている響子さん。


「弥生は大丈夫そうですけど、響子さん」


何故か俺を見据えているモト……お前、こんな時まで。


「……眠い」


欠伸を噛み締めているシズ…眠い言える場面じゃないと思うけど。




不良達は形勢逆転されたことに悔しそうな顔を作っている。


反撃しようとしてもワタルさん達が加わったことで、勝てる見込みも無く数分後には不良達全員が伸してしまった。

響子さんも喧嘩に強いみたいで、男相手と互角に渡り合っていた。


全員伸したことを確認すると、ヨウは銀髪不良を起こして何度も名前を呼んでいた。

銀髪不良は直ぐに目を覚まし、呻き声を上げながら地面に肘を付いて自分で起き上がろうとしていた。


「馬鹿、無茶するんじゃねえよ。ハジメ。あいつ等にヤラれたんだろ?」

「ッ、はは、まー……ね。僕、カッコ悪いな」


「そんなことないって! 私を庇って助けてくれていたじゃない!」


弥生が銀髪不良の前で膝を折った。

何度もアリガトウと弥生は言っている。

銀髪不良は情けないとばかりに失笑していた。


ワタルさんやシズ、モト、響子さんは「奴等か」と俺には分からない話をしている。ヨウも「奴等」と誰かに対して嫌悪している。


皆の後ろで見ていた俺はチャリから降りて、気付かれないようにそっと廃工場から出ることにした。


今、皆が話していることは俺が安易に聞いてイイ話じゃないと思ったから。


どんなにヨウの舎弟っていっても、やっぱり今の俺は部外者だから。


地面に転がっている通学鞄を拾って、俺は大人しく廃工場の外へ出る。

川岸の廃工場とあって外に出るとゆったりとした川が視界に広がった。


喧嘩騒動さえ嗤うように静かな波を立て、川は流れている。


微風が俺を通り抜けていった。

気持ち良いとは程遠い風だ。


チャリをその場にとめてハンドルから手を放す。


ハンドルを強く握りすぎていたせいで指が思うように動かない。軽く揉み解しながら俺は息を吐く。


「奴等、か。何なんだろうな……奴等って」


得体の知れない不安が襲い掛かってくる。

奴等、ヨウ達が嫌悪している“奴等”ってさっきの不良達のことなのだろうか。まだ俺は何も知らないし分からない。ヨウ達の見ている世界を。