青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―





なあ……ココロ。



ココロに恋をしている俺の姿は君にはどう映っているんだ? 情けなく映ってないか?



俺はさ、俺に恋をしてくれているココロがすっごく可愛く見えるんだ。一々ココロにときめいていたりするんだ。


今まで片意地を張ってずっと気にしない振りばかりしてきた。


ココロはヨウが好きだから、割り切って諦めようとしていたけれど、君を意識をしたら最後だった。


結局俺はココロだけを見て、ココロだけを追って、ココロに振り回されてばっかりだったんだ。


ココロが地味っ子だとか、苛められっ子だったとか、そんなのカンケーなくココロが可愛く見える。


断言できるよ。

どんな女の子が来ても、今の俺の目にはココロしか映らないってさ。


それだけ君に夢中だよ。

きっと人はこの状況を『恋は盲目』と呼ぶんだろうな。



俺達はどちらが先に伸ばしたか分からない手を結び合い、二つの体温を一つにしながら歩道橋の階段を下りた。


そろそろ帰らないと、ヨウ達が帰りを待っている頃だろう。


歩調は相変わらずいつもの三倍遅いけどさ。


また会話がなくなっちまったけど、今はこれで十分だった。


視線を流せば彼女とかち合って、お互い照れ笑い。


何一つ言葉はなかったけど手を結んで足並みを揃える、それはとてもとても幸せなやり取り。少なくとも俺達にはそう、感じている。感じているよ。


彼女と結んだ手のぬくもりを感じながら、俺はちょっとだけ欠けたお月さんと顔を合わせる。


(日賀野達と衝突しても、この手を守れるだけの力くらいは欲しい。そう思っても罰は当たらないよな?)


形も大きさも異なる手と手は、ちょっぴり肌寒い夜風に吹かれても解かれることはなかった。 



⇒№05



№05:衝突決戦
 ┗最初は考え方が違った。違いが擦れ違いを呼んだ。擦れ違いが衝突を呼んだ。衝突が傷付け合う、潰し合い行為に発展した。





【もしもし、電話中】



もしもし? ああ、義兄さん。


いつもの、あーはいはい、報告だろ?


まったく、いつもいつも僕をパシってさ。

僕は今年受験なんだけど?


少しは義弟を労わって欲しいね。


僕にとってはどーでもいい話だし、大体無関係だろう?


人使いが荒いっていうか、義弟使いが荒いというか、さっさと僕はこの役目を終えたいというか。


まだ計画を実行しないの?


計画を温存は勝手だけど、向こうも察しがいいから、そろそろ気付かれてもおかしくないよ……あーあーあー、分かったよ。ゴタクはいいから報告だろ?


まずは荒川チームが『エリア戦争』に加担したらしいよ。



あ、うん、そうそう。



日賀野チームは『エリア戦争』に直接的には加担していない。

間接的には関わってたみたいだけどね。

榊原って聞いたこともないチームと協定結んでたらしいけど、一方的に切られたっぽい。


珍しいこともあるよなぁ。

日賀野チームを参戦していれば、『エリア戦争』の勝敗は榊原チームに転がったかもしれないのに。



荒川チームは浅倉ってチームと協定を結んでいるらしいよ。

浅倉チームって弱小チームらしいけど、再結成するとかしないとか。


ちなみに『エリア戦争』の勝者ね。

今、商店街の『廃墟の住処』を支配している。

『廃墟の住処』ってのは元々は池田チームが占領してた、あの寂れた商店街のことだよ。


今のところ報告はそんだけ。

もういい? 勉強を再開したいから。


また何かあったら連絡するよ。じゃあね。





――ツゥーッ、ツゥーッ、ツゥーッ。






携帯を閉じた男はやれやれとばかりに、肩を竦めて調べかけの英単語を検索するために電子辞書の電源をONにした。

眼鏡のブリッジ部分を押し、その男、生徒会長と肩書きを持っている須垣誠吾はシニカルに笑みを浮かべた。



「どーでもいいよ。荒川達がどうなろうと、日賀野達がどうなろうと、義兄さんがどうなろうと、僕は不良なんて大嫌いだから」



だって不良なんかみーんなジコチューじゃないか。

モラルもマナーも守らないし、私生活もなっていない。馬鹿騒ぎしては警察沙汰になったり、チャラチャラ男女で営みをしていたり。

ふしだら極まりないったらありゃしない。


全員で潰しあって滅べばいいんだとさえ思える。


「滅ぶことが不可でも、僕にとって一番利益のある奴等が残ってくれればそれでいいかな。さあて、誰が残るんだろう? ちょっと見物だな」


傍観者になりつつ、勉強でもしましょうかね。

学生の本分はオベンキョウ、自分は国立を狙っている故に勉強時間は欠かす事ができないのだ。


誠吾は忍び笑いを浮かべながら、電子辞書でアルファベットを打っていく。



f o r e s e e a b l e




「んーっと意味は“予測可能な”。“予知できる”……ははっ、これって何のお告げだろうね? ま、僕でさえ、これから先のことは予測できないよ。誰がどうなろうと僕の知ったこっちゃないけどね」




笑声を漏らす誠吾の笑みは限りないアイロニーが含まれていた。




⇒#01



◇ ◇ ◇


このところ安穏平和平穏と、三拍子の穏やかな日々が続いている。


『エリア戦争』も終わって随分経つけど、これといった大きな事件も起きていない。


ちょくちょく舎兄の喧嘩の飛び火が俺のところにやって来ることはあるけど(いつものことだけどさ!)、それ以外は静かで平和そのものな日常が俺達に休息をくれた。


骨休みでもしなさいと言っているような穏やかさ。



だけど……その穏やかさが俺には嵐前の静けさにしか思えなくて、ちょっと警戒心を募らせていた。


向こうが何か目論んでいるんじゃないか、仕掛けてくるんじゃないか、実は実は背後に日賀野が立っていたり!

振り返った俺は大絶叫して喪心したり!


……日賀野をお化け扱いしているけど、そんだけ俺のトラウマはオッソロシイってことだ。


黒髪青メッシュとか想像するだけで悪寒が背筋を駆け抜けるんだぜ!


今までが今までだしな。


こんなにも平和が長く続くと、どーしても心配に……グスン、何だか俺、平和から疎遠になっているような気がする。


地味で平和な日々はどこいっちゃったかなぁ。


はぁーあ、ジミニャーノ達は俺の苦労を知ってか知らずか、面白おかし話として聞いている。


今も放課後に、こうして日直の仕事をしながら俺は平和への疎遠話を愚痴っているのだけれど、聞いてくれる薄情ジミニャーノ達は揃いも揃って「どんまい」のカッコ笑いカッコ閉じる、を俺に向けてくれる。誰もが俺の立ち位置にならなくて良かったって言いやがったよ。


ああくそっ、マジで嫌味な奴等だな! ここは友情で慰めてくれるのが人情ってもんだろーよ!



「田山ってつくづく不運だよなぁ。いやぁ俺、お前じゃなくて良かった!」


野球部に行く仕度をしながら、光喜がニシシッと意地の悪い笑声を漏らす。

同感どうかんだと透もほのぼのと相槌。

利二は利二で苦笑いを零しながら、


「お前の立ち位置だけはごめんだ」


肩を竦めた。


くそうお前等、誰か一人くらい俺の立ち位置になってみようかなぁと思うチャレンジャーはいねぇのかよ! 見損なったぞ!


ちなみに俺がお前等なら、死んでも「その立ち位置になりたいな」とはおもわ……あー……今はどうだろう。


最近の状況はちょっと俺にとっては春だしな。


苦労や恐怖や波乱ばっかあるけど、その、うん、悪いことだけじゃないぞ。



黒板消しで黒板を綺麗に磨いていると、


「ケーイ!」


窓枠に寄り掛かった舎兄が俺を呼んできた。



俺はもう慣れちまったけど(あいつの舎弟なんだ。そろそろ慣れないとおかしいだろ?)、利二も慣れているけど(間接的に仲間だしな?)、他の二人は不良の登場に固まる動作がチラホラ。


二人とも慣れって大事だぜ?

慣れりゃ、どうってこと……ないってわけなじゃないけど、まあ、そこそこ免疫はつくもんだ。


俺は強くなった!

レベルが1は上がったと自負するね!


奇襲者改めイケメン不良のヨウは俺の日直をしている姿に、ちょっと不満そうな顔を作った。



「何だよ、真面目に日直の仕事をしているのか? おせぇと思ったら……さっさと済ませろって。愛しのココロちゃんがお前の登場を待っているぞ」


「い、愛しの……ヨウ! からかうなって!」


「ほーんとうのことじゃねえか。はぁーあ、いいねぇ。羨ましいねぇ。微笑ましいねぇ。舎弟には春が来て。まあ、勘違いもしていたみたいだけど?

あーあ、だーれだ、ココロの好きな奴が俺とか思った馬鹿。
助言をしていた俺ってもしかして舎弟の嫉妬対象だったとか?

うっわぁ、だったら俺乙じゃねえか。カワイソー。舎兄の優しさはムクワレナイデスネ」


ゲッ、お前……またその話を蒸し返してくる。

赤面する俺は思わず黒板消しをその場に落とした。


「ちょっとしたすれ違いだったんだって!」


声音を張って過去を弁解するも舎兄はヤーレヤレと白々しい呆れを見せ、

「廊下で待ってるからな」

笑いを押し殺しながら俺に待っていると手を振った。




チッキショウ、なんでヨウが俺達の勘違いエピソードを知っているのか知らないけど(俺とココロだけしか知らない筈なのに!)、ちょ、その話は俺の黒歴史だぞ! 出来ることなら消去したいんだぞ!



アアアッ、そんな意地の悪い目で俺を見ないでくれ兄貴!

ハズイ! 激ハズイッ!

ちょ、誰だよ、本当に誰だよヨウにチクったのぉおお!



誰よりもヨウにだけは知られたくなかったのにぃいい!



そうだよ、美形不良のヨウに嫉妬していました!

だってヨウ、イケメンだもの。嫉妬対象になってもしょーがないじゃないか!


俺だって嫉妬くらいするっつーか、なんっつーか……美形に生まれたかったんだぜ、女の子にモテモテになってみたかったぜ、とか思う夢見るボーイだよ。


逆ギレ? おおうっ、逆ギレだよ! 逆ギレ万歳だよ!

このやろうのド畜生、ヨウの奴、今しばらくこのネタで弄ってきそうだな。


母音に濁点付けるもんじゃないけど、ッア゛ー! な気分だ! 穴があったら隠れてしまいたいっ!


黒板消しを拾い上げ、俺は荒々しくそれをクリーナーに掛ける。


「え……ちょ、田山、お前」

「ナニ?! 今の俺は黒歴史という名の羞恥と闘っていて忙しいんだけど!」


声を掛けてくる光喜に噛み付く勢いで返せば、


「リア充? 彼女持ち?」


唸っている俺に構わず、光喜が指差してポツリ。

だったらどうしたとばかり鼻を鳴らしてみせる。


そーだよ、今話題のホットなリア充ですが? ……あ、今気付いた。

俺ってリア充か。

ちょいと前まで「リア充爆発しろ!」とか妬みながら思っていたのに、いやぁまかさ俺がリア充なんて……ちょっと照れる気がした。


俺でも彼女が作れると分かった。


好きと言ってくれる子がいると知った。

うん、幸せ。今まで爆発しろとか思っててごめんなさい。猛省します。


「最近、彼女ができたんだ。悪いかよ」


途端に、


「アリエネェ!」


光喜がダイダイダイダイ大絶叫。裏切られた気分だと、よろよろ後退した。



「おまっ……ジミニャーノ星を代表する地味っ子だったくせに、なに彼女を作っているんだよ! チョベリブだぜ今の俺! オトモダチを裏切っていいのかよ!」


「お生憎さま、先に薄情という裏切りをしたのはどっちだよ! 最近の俺はチョベリグ。不良と波乱万丈の日々を過ごしているんだ。
そ、そういう……ご褒美青春くらいあったっていいだろ。てか、チョベリブもチョベリグも完全死語だろ! 乗らせるな!」



ちゃんとツッコミも忘れず、俺は綺麗になった黒板消しを溝に置くと粉を払いながら早足で自分の席に戻る。 

ヨウを待たせているしな。


それに……彼女と早く会いたいという気持ちもある。


俺達は他校同士だから学校で会えるわけじゃない。

遊びに行ける機会も今のところはないから……こうして小さな時間を楽しみにするしかないんだ。


あーあ、それはそれで切ないなぁ。

早く日賀野達と決着がつけばいいんだけど。


健太のことも同じ。

決着つけて、できれば友達に戻って……もう少し時間と心にゆとりを持ちたい。


ヨウ達とも普通に遊びたいしさ。


いがみ合う喧嘩より、普通に遊んだ方が楽しいや。


「やっぱりお前、くっ付いたんだな。コンビニに来たあの子だろ? 彼女」


急いで鞄を肩に掛ける俺に利二が一笑。


「見たことあるのか?!」


光喜がやけに食い付いてくる。

奴ほど恋愛青春を望んでいた男はいなかったから、人の恋沙汰にすげぇ興味があるらしい。

利二は光喜に頷いて、


「可愛らしい子だったぞ」


感想を述べてくる。

ちょっと誇らしげに思う俺がいた。

ココロは可愛いんだよ、おう、可愛いさ。


地味っ子だけどカンケーねぇ!


「あの子は控え目でいい子だったぞ。とても清楚な子だった。ココロ……だったか? 名前」

「うん、そう。ココロ。若松こころっていうんだ。他校に通っている子なんだよ」


デレ、頬を崩す俺に光喜がうぜぇと雄叫びを上げる。ガン無視をして透が祝福の言葉を贈ってくれた。


「わぁ可愛い名前。ココロちゃんか。いいなぁ、圭太くん。おめでとう。大事にするんだよ、彼女。捨てられないようにね!」

「おう、サンキュ透。最後だけ余計だけどさ!」


透とハイタッチすると、そろそろ廊下で待っている舎兄が痺れを切らすからと告げ、俺は三人に挨拶。

また明日な、手を振って教室を出た。

足取りは軽い。

やっぱ彼女に会えるあるからだろう。


俺は急いで舎兄の下に駆けて行った。





「はぁーあ……ココロちゃんか………可愛らしい名前。田山、アリエネェ……田山の立ち位置カワイソーとか思ったけど、彼女を持っている時点でカワイソーがウラヤマシーに変わったぞ。

いいよなぁ、彼女。
控え目でいい子で清楚ってことは不良じゃないんだろう? 不良とばっかつるんでる田山が、フツーに可愛い子ゲットとか。

マジねぇって。俺もフリョーになってみよーかなぁ」


「長谷、お前が不良になってもギャグにしかならないからやめておけ。第一お前は部生だろ。髪でも染めたら先輩にシバかれるんじゃないか?」


「舎弟として頑張っている圭太くんへのご褒美だよ。友達として心からお祝いしてあげなきゃ。
それに光喜くん、地味っ子圭太くんに彼女ができたってことは、地味っ子僕等にも彼女ができる可能性があるって勇気付けられたじゃん!」


「そりゃそうだけど……」



何だか切ないヤルセナイ。

ガックシ肩を落として嘆いている光喜と、それを呆れ慰める利二、透のジミニャーノやり取りを、俺は知る由もなかった。







――たむろ場に到着すると、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、そわそわのうろうろ。


忙しなく倉庫前でぐるぐる歩き回っているココロと、それを微笑ましそうに見守っている響子さんや弥生の姿を最初に発見した。


光景にヨウはお前愛されているねぇ、こんなにも首を長くして待っているじゃん的台詞を吐かれた。


う、う、うるせぇやい。

こんな風に待たれてな、嬉しい俺がいるよ! すっげぇ嬉しいよ! 幸せ者だよ、ド阿呆!


心中で毒づきながら、俺はココロに改めて視線を向ける。


それにしたってココロどーしたよ、あんまりあっちこっち動き回っていると疲れるんじゃないか?

そんなにアタフタと歩き回って……雰囲気も随分違う。


一目で分かった、ココロの雰囲気が違うことは。


とてつもなく落ち着きのないココロに、「よっ」チャリを押しながら彼女に歩み寄って話し掛ける。


ビクビク。

肩を震わせた後に、カチンコチンに静止するココロは「こ、こ、こんにちは!」物凄い緊張交じりのどぎまぎ声で挨拶を返された。


俺に対して緊張している、みたいだ。

気にしたら多分、負けだと思うから俺はココロを見るなり綻んだ。


「髪、切ったな。ショートになっている」


今までココロはセミロングヘアだったんだけど、今はバッサリ切ってショートヘアになっている。とても髪が軽そうだ。


「に、に、似合っているでしょうか?」

「うん、凄く似合っているよ。雰囲気も変わったし、前以上に明るくなったな」


どっちの髪型も好きだったのだけれど、セミロングへアの時のココロは前髪を伸ばしがちで顔を隠していたから、俺はどちらかといえば今の方が好きだ。


率直にそう言うと、彼女はちょっと照れたのか、柔和にはにかんでくる。

女の子のはにかみってどーしてこんなに可愛いんだろうな。男がしても可愛いも畜生もないのに。


「良かったじゃねえか、ココロ。決心して切ったかいがあったな」


フロンズレッドの髪を弄りながら、響子さんはココロに笑みを向けた。

髪を切るのに決心って……ちょい大袈裟な気がするけど。


「女の子がバッサリと髪を切るって意味があるんだよ」


弥生が俺の心中を見越したように助言。

意味がある……うーん、そういえば女の子は野郎と違って髪を長く伸ばすことができるから、伸ばしている子にとってみればバッサリ髪を切るって勇気がいる行為かも。雰囲気もガラッと変わるしな。


わりと男にもあるけど、雰囲気をガラっと変えるのは随分と勇気がいることだ。


特に地味っ子はお洒落な格好に憧れつつも、「あ、やっぱいつもどおりで」とか美容師さんに言っちゃうんだ。

髪染めとか論外だぜ、雰囲気変わるどころじゃない!


それにしても、なんで髪を切ろうとしたんだ? 心境の変化の表れ?

心の中で疑問を抱いていると、ココロがズバリ回答してきてくれる。


「わ、私……もっとしっかりしようと思ったんです」

しっかり……とは?


「ココロ、いつもしっかりしているじゃん?」


「わ、わ、私! 少しでも舎弟のケイさんに見合う……お、女の子になりたくってっ! ……か、髪を切ったんです。気持ちを強くする。努力をするって、ケイさんに言いましたから……その髪を切ろうと思って」


ホーホケキョ。

俺の中で唖然ウグイスくんが一声。


思わず握っていたハンドルを手放しそうになった。



「うわっち?!」



傾くチャリを慌てて起こすと、俺は赤面しつつも反応を待っているココロを流し目。


そ、そういうのって反則っつーんですよ、ココロさん。





「へえ、ココロも女だなぁ。ケイのためにとか、男心分かっているよなぁ。ケイ、愛されてるぅ」


ニンマニンマのヨウ。

完全にからかいモードだな、ドチクショウ。


「バカ、ココロはうちの自慢の妹分だぞ。男心だって、簡単に察することのできるスゲェ女に決まっているだろうが」


鼻高々の響子さん。完全に親馬鹿、姉馬鹿? モードに入っている。

猫可愛がりしているもんな、ココロのこと。


だから彼女を恋人にしましたと姉様に報告すると、


「泣かしたらうち等と同じ女になろうな」


満面の笑顔で脅された。

い、今思い出しても身震いだ。この人だけは絶対に怒らせないようにしよう、あの時……心の底から誓ったぜ。


とにもかくにも周囲の目がジクリジクリと突き刺さってくる。  


注目をしてきてくれてるっていうの?

微笑ましく見守って下さっているらしいんだけど、なんか一部悪意を感じる。


そこの舎兄とかな。見るからにからかいたくてウズウズしてる顔を作っている。


ああくそっ、皆寄って集って高みの見物か?!

羨ましいご身分だな!


不良のご身分はそんなにエライか!


……ワカッテマス、エライですよね。


俺、身を持って経験してますんでエライってのはワカッテマスです、はい。


嫌味な周囲の目を無視することに決めた俺は片手で頬を掻いて一呼吸、待っている彼女に表情を崩す。

おかしなことに気持ちは緊張していても、自然に笑える俺がいた。


「ありがとう。その気持ち、受け取っとくよ。なんか俺ってすげぇ幸せモノだ。ココロに倣って俺も頑張るよ。努力するから」


ちょっと力を込めて頬を掻きながら照れ隠し。彼女はますます照れ隠しをするように指遊びをする。


「あ、あんまり頑張らないで下さい。私が追いつけなくなります……その、私……頑張ってケイさんみたいに努力して、心を強くして……そ、そして」


そんなことないんだけどな。

ココロは十二分に努力してくれていると思うし、あんまそういうことされたら俺の方が参っちまうって。



「け、ケイさんのようにノリのいい子になりたいと思ってますっ、から!」



………俺?

ちょっと待とうか、色々と待とうかココロさん、全力の全力で待った。


ストップ・停止・落ち着こう! それは別の意味で俺が参っちまうから。


え、俺のように調子乗りになりたいって?

イェーイ田山圭太普通っ子万歳……的な乗りを君は受け継ぎたいおつもり?


は、早まるなココロ!

本人の俺が言うのも何だけど、俺のようになったらな、可愛さ半減だぞ!


いやもう全滅! 可愛さ絶滅!


寧ろ俺は泣く!

俺の性格第二号にでもなっちまったら、責任を感じて彼氏の俺が泣くから! 男泣きするから!


ココロは今のままで十分だ!

ナニが悲しくて俺と同じような調子乗り(女子版)を見ないと……ココロ、やめてくれー!


「今のままでいいです!」


全力で止めに入る。

ああ、止めて見せるさ。ある意味彼女のピンチ! 彼氏の俺は全力で止めてみせる!


「こ、ココロ! そこまで頑張らなくていいんだぞ! ノリの良さなんてあっても面白さとウケしか生まれないっつーかさ! いや、ココロの気持ちは受け取っとく! ありがとうサンキュセンクス! だけど今のままで十分なんだって、ココロは」


「ええぇえ……で、でもケイさんってノリの良い人が好きそうで。お喋りな子が好きといいますか……見ていたらそんな感じが」



俺好みのタイプになろうとしてくれている……のかな?


確かにお喋りでノリの良い子は大好きです。

今まで好きになった子のタイプは全部そうでした。


ココロさん、ご名答でございます。

よく俺を観察してらっしゃる。


だけどさ……あー……それは結局好きなタイプの話であり基本的に好きになる人の基準。


つまり枠ってわけで。実際に人を好きになったら、それまで築き上げていたタイプと違う人だっているわけだ。まさしくココロがそうだ。


「俺はココロが好きだから……そのままでいいよ。ノリとかそんなの気にしてないしさ」


照れのあまりぶっきら棒な物の言い方になったけど、本当のことだ。


「頑張って俺好みにならなくても、既にココロは俺好みというか……」

「ケイさん……」


「あー、ほら、俺みたいになっても……なあ? 可愛くないっつーか、うん、今のココロを好きになったというか」


う゛ぅうぇい。

なんだかすっげぇ気恥ずかしくなってきたぞ。

もう周りがどんな目で俺を見ているのか、見回す勇気もねぇや! チックショウ、分かっているよ、俺が言ってもギャグになるってことくらいさ!





「つまりそのままで十分!」


あははっ、あははっ、俺は誤魔化し笑いを上げながらお寝んねしているチャリを起こすと、急いで通学鞄を拾って肩に掛けた。


「チャリを置いてくるから」


俺は逃げるようにチャリを押して倉庫裏に向かう。

するとココロが俺の後を追い駆けて来て一緒に行くと肩を並べてきた。

あどけない顔で見上げて綻んでくる、その頬はちょっと赤みをさしていた。


倉庫裏まで目と鼻の距離。

でも彼女と一緒に行くのも悪くないと思う。


気付かれないように視線を流すと、バッチリ視線を受け止められて思わず一笑。

髪を切ったことで明るい顔が見えやすくなったよな、ココロ。


笑った顔がよく見えてイイカンジ。本人には気恥ずかしくて、こんなことは言えないけどさ。


「あのですね、ケイさん。今日、実は昼休みにこんなことが」


向こうの学校生活を聞かせ始めてくれるココロ、一生懸命な彼女に俺は目尻を下げた。


今はまだ、彼女にしてあげられることが少ないし楽しい思いもなかなかさせてあげられないけど、こうやって傍にいることはできる、とか、クサイことを思ってみる。


でも全部本当の気持ち。

ココロに対する本当の気持ちだ。


例えば、ココロが俺のために行動したことは、全部俺にとって糧になることなんだと思う。


「それでその時、先生が来まして。響子さんの煙草がばれそうになって」


例えば、ココロが俺のために行動をしたことは、全部俺にとっても意味のあることなんだと思う。


「へえ、危なかったな。見つかれば処分対象だろ?」


例えば、ココロが少しでも俺を思ってくれた気持ちは、全部俺にとって大きな気持ちを貰ったことなんだと思う。



「シズさんと響子さんと私、三人で逃げちゃいました。でも後で先生に呼び出されてしまって、こってり絞られちゃいました。お説教だけで難を逃れられたんですけど」



無理に俺に合わせようとしなくたっていいんだ、ココロ。

そんなことをしなくてもココロの気持ちは十二分に伝わっているんだよ。

お腹一杯状態だって、これ以上されたらさ。今だってこんなにもときめいているのに。


ココロは今のままで十分だ。


ノリの良い子になるとか、お喋りが好きな子になろうとか、そんな考えを持たなくてもいい。


有りの儘でいてくれたら、それで十分なんだ。傍で笑ってくれてたら十分なんだよ。



髪を切った行為は、凄く嬉しい似合っているから何も言うことないけど、性格はそのまんまでいいよ。


「ケイさんは、今日どんな一日だったんですか?」

「ンー、それがツイてない一日でさ。数学の時間の時に居眠りしちゃって……皆の前で叩き起こされて恥掻いたんだ。あ、これは自業自得か」


ココロはココロのままでいいんだよ。

チャリに鍵を掛けてチェーンの錠をしっかりと下ろした後、俺は倉庫裏でココロとひと時の会話を楽しんだ。

すぐに皆のところに戻ろうとせず、限られた二人だけの時間を惜しむようにその場に留まって会話。

倉庫の壁に寄り掛かって何気ない会話を楽しんだ。


これが今の俺達の小さな恋人の時間とも言えた。









「――ココロの奴、ケイとデキてからすっかり明るくなったな。

嬉しい反面、うちのポジションをケイの野郎に取られて畜生って感じだぜ。
てか寂しい……ココロ。うちは寂しいぞ。

最近のアンタの会話にはケイしか出てきてないっつーか……いや前々からケイが話題に多かったけどよぉ。


あ゛ー……デートってのをあいつ等に体験させてやりてぇな。はぁ……あんな会話程度の時間じゃ足りねぇだろうに。

ッハ! ヨウ、弥生、計画をうち等で立てるのも策だよな?

最初は誰だってデートなんざ分からないだろうし、向こうだって晩熟だろうから。初デートのルートくらいうち等の手で決めても」



こっそりと倉庫裏をデガバメしていた響子はグッと握り拳を作り、妹分のためにと燃えていた。

普段は姉貴肌で仲間から慕われているお姉さんキャラが、残念台無しとなっている。

傍らでデガバメをしていたヨウや弥生も呆れるほかない。


「人の恋路はなんたらだぞ」


ヨウは頭部を掻きながら、やめとけやめとけと肩を竦める。


「ンなに世話焼いても本人達が嫌がるだろうが(俺もご免だっつーの!)。響子、テメェは極端にココロ馬鹿なところがあるぞ」

「折角ここまできたんだ。楽しい思いさせてやりてぇだろ! デートってのは何回でもできるけどなぁ。初デートってのは一度っきり! 初デートは可愛い娘の晴れ舞台だぞ!」

「……テメェはどこの親馬鹿だ」


「響子のカックイイ姉御の面が、馬鹿によって台無しになってる」


まったくである。

ヨウは相槌を打ち、本人達の好きにさせてやれと助言。本人達のテンポで恋路を進んでもらうのが一番なのだろうから。


それに……今はデートという気分ではないだろう。

しかめっ面を作るヨウはケイから恋人ができた喜びと、それに対する不安の両方を聞いていた。


相談されたのだ、「強くなるってどうすればいいんだろ?」と。


相談内容が内容だっただけに、ヨウは驚きを隠せずにいた。


今まで腕っ節や喧嘩の面に対して自他共に弱いと認めていたケイだが、認めるだけで強くなりたいと口にすることはなかったのだ。


だから相談を持ち掛けられた時は驚いてしまう。


舎弟は舎兄に不安だと弱音を吐いた。

また利二の時のような大切な人を人質を取られてしまう、“あの時”のような場面に遭遇してしまったらどうすればいいんだろう、と。


思い出す、彼との会話。



『俺はさ。喧嘩できないとか、経験が少ないとか、何かと理由をつけて……今まで強くなることを避けていた。

別の面で補えれば、それでいいんだって思っていた。
だけどさ、これからはそれじゃ駄目なんだと痛感している。

俺はヨウの舎弟で名前も売れているから、知名度が上がった分、喧嘩売られる回数も増える。

回数が増えたら、それだけ俺の周囲に危険が及ぶ。
ヨウは俺の友達を守ってくれると前に言ってくれたけど、俺もこれからは守られるじゃなくて守る方に回らないといけない」



『ケイ……得意不得意っつーのは誰にでもあるんじゃねえか?』



『弱いと自覚はしているよ。しているから怖いんだ。
もしも日賀野にココロを人質に取られて、舎弟を迫られたら今度こそ……そう思うと大切な人を作るって怖いと思った。
この大変な時期に告白してよかったのか、今更ながら悩んでいる。不安にさせるからココロには口が避けても言えないけどさ』



『……ケイ』



『ごめん、ちょっとグルグルしているんだ。まだフルボッコ事件が尾を引いているんだろうな。そろそろ断ち切ってもいいだろうに……これも俺が弱い、せいかな』



不安を吐露し、相談してくるケイの表情は苦笑いにまみれていた。 


調子乗りで人に合わせることを大得意としているケイ。


しかし人に弱さを見せることを極端に嫌うケイは、不良の自分達とすぐに一線引く悪い癖を持っていた。


そのケイが惜しむことなく不安や弱音を舎兄の自分にはいてくれるようになったのは、それだけ自分を信用してくれている証拠だろう。


一線を飛躍、大きく隔たりを越えて相談を持ち掛けてくれる仲間に嬉しさを噛み締めつつも、不安に駆られている仲間に目も当てられなかった。