――とうとう、ここまできた。
嗚呼、やっと終わらせることができる。
大尊敬している舎兄に背を向けたあの日から望んでいた“終わり”。
自分の同志と共に決めていた“終わり”がようやく目前に……長かった。
とてもとても長かった。
一ヶ月という月日がただただ長かった。
風を切るようにチャリで現場に戻った蓮はそれを乗り捨て、急いで地を蹴る。
さあ、総仕上げだ。最後の仕事をしなければ。
自分は許されぬことを、仲間や舎兄にしてしまった。
許してもらおうなんて一抹も思わない。
己の弱さと罪を認め、それに対して責任を負うつもりだ。
けれどその前に、最後の仕事を。裏切り行為をしたあの日からずっと心に決めていたことを。
戻って来た蓮に何処からともなく視線が飛んでくる。
それは“蓮の同志”である榊原チームのもの。
彼等に成功した旨を伝えるために、蓮は指で輪を作ると迷わずそれを銜えて甲高い音を鳴らした。
三回、指笛を鳴らすことにより、浅倉チームと対峙していた同志達の意識が仲間内に向けられる。
異変に気付いたのはかつての仲間である涼だ。
空気の違和感に眉根を寄せている。
そんな彼と目が合うが、振り払うように口から指を出すと蓮は大声で同志に伝えた。
「潰せっ、作戦は成功した! 榊原チームと協定チームを一人残らず、潰せ! 和彦さんを、浅倉チームを勝者にしろ――! 俺達は奴等とここで終わるんだ!」
するとどうだろう。
あれほど浅倉チームと対峙していた元チームメート達が、
「合図だ。潰せ!」
次から次に己のチームを潰すために動き出す。
これには現浅倉チームならびに協定の荒川チームが戸惑いを見せる。
敵だと思っていた不良が、仲間を潰しに掛かっているのだから。
同志達が榊原チームや協定チームに敵意を見せ、かつての仲間を助けている。
ああ、夢にまでみた光景だと蓮は顔を微かに歪めた。
先程、膝蹴りをお見舞いした桔平が視界に入る。
未だに腹部を押さえている彼は、苦戦を強いられているようだった。
すかさず蓮は桔平を助けるために背後から不良の背に肘を入れ、その場で引き倒す。
「蓮っ、なんで」
彼の疑問に答える間もなく、蓮は向こうで苦戦を強いられている舎兄に向かって走る。
重量のある鉄パイプを振り回しているリーダーと、素手で対抗する舎兄の下へ急げ。
報告をしなければいけないのだ。
最後の仕事のひとつとして、リーダーに報告を。
「チッ、鉄パイプは卑怯だろーよッ?!!」
榊原に気を取られていたせいで、舎兄は背後から忍び寄ってくる不良の鉄パイプに気付かなかったようだ。
「二人掛かりかよ」
横っ腹をやられ浅倉はその場で膝をつく。
やられた患部を押さえて顔を顰めた。
同時に隙を突いた前衛後衛が鉄パイプを振り下ろした。
響く鉄パイプの音。
飛び散る汗と鮮血。
そして息を呑む声。
二本の凶器を頭や肩や腕で受け止めたために、蓮の視界がぶれる。
「れ、ん? おめぇ」
舎兄の声が遠い。
それでも蓮は気丈に足を踏ん張り、こめかみから滴る血を拭うこともせず、また乱れた呼吸を整えることもせず、右の腕で受け止めた鉄パイプを引っ掴み、後衛を任されていた不良の鳩尾を突く。
次いで前衛を受け持っていたリーダーにシニカルな笑みを向けて、報告。
「残念だったな、榊原。日賀野達との協定は解消してきた。援軍は来ない」
「……ンだと?」
「これが俺達の末路だ! 終わりだっ、榊原っ! お前は俺達と終わるんだよ! 一緒に堕ちようぜ、地獄にさ」
激昂する榊原が鉄パイプで蓮の体を薙ぎ払ったのはその直後のこと。構えていなかった蓮が地面に叩き付けられる。
代わりに動いたのは蓮の舎兄。
彼、浅倉和彦は仲間の傷付けられるその光景を目の当たりにして、ただただ腹立たしかった。
血を流す舎弟に己の方が痛みを覚えるほどだ。
横っ腹の痛みなど念頭にもなく、素早く立ち上がるそのバネを利用して向こうにまずは一発ストレートを入れる。
怯む相手が鉄パイプを振り回そうが、素手で受け止め、懐に入ると頭突き。
此方にも些少ながらダメージを食らうが、気にする余裕もない。
(一気に畳み掛ける)
小手を狙って鉄パイプを叩き落し、左右フック、そして顔面に拳を入れて体を飛ばした。
向こうが転倒する際、歯が二、三本、宙を浮いた気がするが、不確かな光景だった。
榊原が倒れると同時に、血の滲む拳を拭うこともせず、浅倉は舎弟の下に駆けた。
「蓮!」
膝を折って、崩れている舎弟に手を掛ける。
目を白黒させている舎弟は、正気に戻ったようで浅倉の優しさを拒むように自力で起き上がろうとするが体が言うことをきいてくれないようだ。
抱き起こす浅倉の腕の中に沈んでしまう。
なおも動こうとする舎弟に頼むから動くなと浅倉がすると、
「終わらせないと」
すべてを終わらせたい、彼はうわ言を漏らす。
仲間が終わらせるために走っているというのに、自分が動かないわけにはいかない。いかないのだ。
蓮はくしゃくしゃに顔を歪め、痛みに呻く。
「和彦さんっ……貴方の、勝ちですよ。もうすぐ榊原チームは終わる。寄せ集めの、チームなんて結局脆いもの……なんですよ」
頭が倒れた今、このチームは崩壊するだけとなった。
このエリア戦争は浅倉和彦とそのチームが勝つのだ。
弱小チームと嘲笑された浅倉チームは今、王者として名を挙げようとしている。
なんて喜ばしいのだろう。
蓮は微かに笑みを作ると、胸を撫で下ろしたように安堵の表情を零す。
「とどめをっ」
自分もまた榊原チームの端くれ。どうかとどめを刺して欲しいと蓮。
できるわけないではないか。
そう返しても、彼は終わりを羨望してくる。
どうしても終わりたいのだ、と。
「全員……ぶちのめして、エリア戦争の……勝者に……」
浅倉はすべてを察した。
舎弟は最初から自分に心を置いていたのだと。
榊原についた振りをして常に味方だったのだと。
「ばっきゃろう。蓮、おめぇはほんとにっ……」
どうして自分は舎弟の本心にいつも遅れて触れてしまうのだ。
激情を抑えるように苦悶する浅倉に蓮は言う。
喧嘩の勝者は笑っているもの。
だから舎兄はあの頃のように笑っていればいいのだ、と。
「――蓮っ、なあ蓮、しっかりしてくれよ! どうして俺にっ、一言相談してくれなかったんだよ。おりゃあいつもそうだ。失って初めて気付く。今も、あの時も!」
「浅倉……」
ヨウに体を支えてもらいながら“エリア戦争”の現場に足を踏み入れた俺は、悲痛な嘆きを口走る浅倉さんを仲間と目の当たりにしているところだった。
俺達が戻ると既に榊原チームとの喧嘩は終わっていた。
地べたのあちらこちらで榊原チームや協定の不良が倒れている。
中には浅倉チームに属している不良もいるようだ。
ある意味、凄惨な光景だと言える。
それらに目を伏せつつ、浅倉さんに視線を戻すと、俺とハジメを助けてくれたあの不良がこめかみから血を流し、ぐったりと頭を垂らしていた。
「最初からおめぇは俺を勝者にしようと……ふざけるなよ。こんな勝利、誰が喜ぶんだ?」
本当に阿呆だ。
阿呆過ぎて悪態も出ない。
浅倉さんは行き場のない苛立ちを自分の太ももにぶつけていた。
拳を振り下ろし、何度もぶつけていた。
桔平さんや涼さん、それに向こうチームの仲間が浅倉さん達の下に足先を向ける。
その面持ちはただただ哀しい。
「……これが俺等の望んでた勝利、だったのかな。ヨウ」
実質……俺等の勝ちだというのに、まったく勝利に喜べない光景。
ヨウも同じみたいで、無言で光景を見つめている。
俺は初めて知ることになった。
喧嘩に勝つ。
それがすべてじゃないし、勝ったからと言って終わりでも始まりでもない。
喧嘩に勝って喜びを得られるものもあるけど、喧嘩に勝って得られない、寧ろ後味の悪い勝利もあるんだと。
元々仲間同士だったチームが分裂。喧嘩の果てに待っていたのは、勝利に酔えない複雑な光景と人間模様。
蓮さんはどういう思いで、榊原チームに身を投じていたのだろう?
「夕陽が眩しいや」
俺の呟きは空気に溶けていく。
沈んでいく夕陽は勝者にも敗者にも優しくない、ふてぶてしい顔色で俺等を赤々と染め照らしている。
まるで愚かな喧嘩をした俺等を咎めているように、無愛想にいつまでも赤々と染め照らしていた。
その日の夕暮れ。
北を支配していた浅倉チームは協定を結んだ荒川チームと共に、南を支配していた榊原チームに勝利。
東西を支配していた刈谷・都丸チームもお互いに衝突し合って相打ち。
その上、浅倉チーム勝利の一報、荒川チームとの協定話を耳にして降参。
弱小と呼ばれていた浅倉チームは晴れて、『エリア戦争』の勝者となった。
ぬめぬめしているような後味の悪さを噛み締めながら、『エリア戦争』の勝者として名を挙げることになった。
⇒#11
【商店街外れ・とある一角にある地下のバー】
「はぁ……あーりえねぇ。荒川達が『エリア戦争』に関わっていたなんざ。それを知らず、ノウノウ別の喧嘩に行っていたなんざ。一杯食わされた気分だぜ。
あーあ、折角のゲームが。楽しめるゲームがぁ。
これも全部、榊原が悪い。なんだってんだあいつ。あ゛ーアリエネェ」
日賀野大和改めヤマトは、心躍るであろうゲームを逃した切なさに気分を低空飛行させていた。
ソファーの肘掛に肘を置き、
「ねぇよな」
缶ビールを片手に先ほどからゲームを逃した心情をタラタラ垂れ流している。珍しくも落ち込んでいる様子。
だがしかし、理由が理由なために彼の隣に腰掛けている帆奈美は呆れたように肩を竦めて梅酒を口元に運んでいた。
「男は皆、物騒」
喧嘩以外に考えることはないのかとむすくれている。
「おやおや不満か? 昨日散々オサカリしたんだけどな」
落ち込んでいてもさすがは我等のリーダー。
意地の悪さだけはドS級だ。
意地の悪い発言をするヤマトに、フンッと鼻を鳴らしてご機嫌ナナメを訴える帆奈美は噛み付くようなキスを相手に食らわせ、梅酒で喉を潤す。
間を置いてヤマトは足を組み、笑声を漏らす。
「ほぉ。お姫さんは欲求不満のよーだな。なんだ、構って欲しいのか?」
「そうだと言ったら?」
あくまで気丈に振舞う帆奈美。
「喧嘩ばかりツマラナイ」
愚痴まで漏らす始末。
「ハイハイ。だったらちょいと慰めてやりましょーかね」
ペロッと上唇を舐めて行動を起こそうとするヤマトに、
「ストーップぅううう!」
全力で待ったを掛けたのはカウンターに腰掛けていた伊庭である。
忘れられている可能性もあるため、説明しておこう。
伊庭三朗、仲間内からは“サブ”と呼ばれている男でシズを敵視しているアンド、タコ沢に『イカバ』と呼ばれ、暑苦しく対立していた奴である。
「此処でサカるのはやめてくれよ! TPOを考えてくれ」
サブは嘆いた。
こんなところで盛られても困るし、この室内にいる者達はどうなるのだ。
仲間内に公開プレイをしたいのならば、それはご免である。他をあたってくれ。
サブの訴えに、「わーってる」此処じゃしねぇよ、とヤマト。
「後でちゃーんと家にお持ち帰りするから」
なんぞとキャツは言うがサブが止めに入らなかったら、悪戯本位であっらやだなことをしていたに違いない。
ABCの段階でいけば、AとBの狭間程度の戯れ合いをこの場でしていたであろう。分かっていたからこそ、サブは全力で止めに入ったのだ。
「ったくもう」
愚痴るサブは、余所でほんの少しガッカリしている帆奈美を流し目。
ガチな話、本気で勘弁してくれ、サブはガックシと肩を落とした。
「わぁあああ! 今、たっくんから『アイシテル』って言われたぁあああ! もぉおおイケメンすぐる! 抱いてぇえええー、アズミ抱いてぇええ!」
向こうは向こうで黄色い悲鳴。
サブはカウンターの向こうではしゃいでいる仲間、関あずみに視線を向けた。
乙ゲー大好きなアズミは携帯型ゲーム機の画面に向かってへにゃりと蕩けた顔を作っている。駄目だこりゃ。
二次元ワールドで恋愛してらぁ。
どーでもいいが、悲鳴自重しろ。痛いぞ。
誰かまともな奴はいないのか、まともな奴は。
そうだ、向こうのソファーで酒飲んでる副頭がいた筈!
救いの目を向けるように副頭のススムに目を向ければ、「ぶふっ!」盛大に笑いを押し殺している副頭の姿。
普段からクールな空気が取り巻いていることを自覚している故に声に出して笑うことをしないススムだが(声に出して笑えば凄い笑い声になるのだ)、何か面白いことでもあったのか、必死にソファーの背凭れにしがみ付いて笑いを押し殺している。
「まーた笑ってるよ」
向かいの一人用ソファーで爪を研いでいるホシが肩を竦めた。
「いい加減に思い出し笑いから離脱したら? 不気味だってススム」
「いや……ふとした拍子にっ……習字話がっ、ぶふっ」
「あーもう。どんだけー。ススムの似非クール」
バカみたいだと鼻を鳴らすホシだが、『習字』というキーワードに逸早く反応したのはヤマトだった。
「プレインボーイに会ったのか?」
満ち溢れんばかりの期待を籠めた問い掛けに、
「奴は強敵だ」
ぜぇぜぇとススムは笑いを噛み締めて声音を震わせる。
「今から……敵になろうとする相手に、あそこまでこと細かく習字を……説法するとは……恐るべしだな。荒川の舎弟は」
「なんだよ、プレインボーイにあったのか。あいつはオモレェからな。あー、やっぱ切ねぇ。ゲームを逃したなんて……マージ切ねぇ」
大きく溜息をつくヤマトだったが、ふと一室をぐるり。
“あいつ”がいないことを確認したヤマトは蓋の開けていない缶ビールと飲みかけの缶ビールを手に持ち、腰を上げて、少し外に出て来ると仲間内に断りを入れた。
ヤマトが何処に行くのかは皆察しがついているために、誰も何も言わず。
ヤマトもそれ以上のことは言わずに木造の扉を押し開ける。
バーを出ると早足で地上に続く視界の悪い階段をのぼり、出入り口右横すぐの壁際に目を向けた。
そこには、ジベタリングをしてぼんやりと煙草をふかしている仲間の姿。
彼は最近、皆とまじろうとせず、此処で煙草をふかすことが多い。
ほかに何をすることもなく、ただただ煙草だけを消費している。
無言で彼の前を素通り、隣に腰を下ろして地面に放置されている煙草の箱を拝借。
一本抜き取って、そのまま相手の吸っている煙草の先端と自分の持っている煙草の先端を合わせた。
「ん? っ、ヤマトさっ……!!!」
一連の動作でようやく自分の存在に気付いたケンは、素っ頓狂な声を上げて此方を見てくる。
「動くなっつーの。火が点かないだろうが」
だったら普通にライター貸すんですけど。
眼で訴えてくるが綺麗に無視して、ヤマトは十二分に焼けた先端を確認すると口に銜えて軽くふかす。
「付き合え」
ぶっきら棒に、未開封の缶ビールを投げ渡し、自分の分で喉を潤す。
「どーもです」
会釈してくるケンは、有り難く頂くと差し入れの蓋を開けた。
「ケン、お前が決めることだ。誰も何も言わない。俺も、な」
何を決める、は口にしない。
口にするまでもないと思ったのだ。
「居場所を取らないで下さいよ」
苦笑を零すケンは、それ以上のことを言わなかった。
チームを抜ける選択肢が来るならば、自身が不良をやめてしまうか、それともこれ以上チームに迷惑を掛けないよう身を引くか。
どちらにせよ、リーダーの思うような選択肢は永遠に来ないだろう、とケン。
「邪魔と思うなら別ですけどね。おれは……向こうの舎弟と確かな繋がりを持っていましたし。疑われる要素も、内輪を乱す要素も持っています。チームに支障が出るなら切り捨ててもらってもっ、アイッデ―――ッ!」
ストレートパンチをケンの頭に食らわしたためか、彼は頭を抱えて壮絶に身悶えている
。躊躇ないパンチは非常に堪えたようだ。
「ヤマトさん痛いです」
せめて加減して欲しいと申し出られるが、
「殴れって顔に書いてたからな」
要望に応えてやっただけだとヤマトは鼻で笑う。
そんな無茶苦茶な……ケンの抗議は右から左に受け流す。
一方、脹れ面を作るケンは頭を擦りながら心中で溜息をついた。
この人はいつだって自分の都合の良い理由で、人を打ち負かしてしまう。
「居場所だって思ってンなら、それでいいじゃねえか」
「え?」
不敵に笑うヤマトの心情がケンには読めない。
「クソめんどくせぇ奴だな。
ケン、お前がどー落ち込んでようと知ったこっちゃねえがな。誰も昔の手前についてなんざ何も言わねぇし、手前の過去なんざ誰も知ったこっちゃねえんだよ。誰が邪魔なんざ言った? 被害妄想も大概にしとけ」
ふーっと紫煙を吐き出し、
「一々気にしてられるか。他人の過去なんざ知るか、そこまで面倒看きれねぇよ」
リーダーは皮肉交じりに悪態を付く。
荒々しく素っ気無い物の言い草ではあるが、ケンには十二分にヤマトの気持ちは伝わってきた。
彼はこれでも心配してくれているのだ。
優しいなんて彼には程遠い言葉だが、これは彼なりの心配の表れであり、それゆえの皮肉だ。
呆気に取られていたケンは柔和に綻んで、
「ヤマトさんらしいですね」
少しずつビールを胃に流し込む。
炭酸と苦い液体が胃を支配し、体内で熱を帯びた。
「なんだか気が晴れました。いろんなことでグルグルしてたんで……此処にいていいのか、とか。おれのしたことは間違っているんじゃないか、とか。抜けた方がいいんじゃないか、とか」
「っつーか、テメェ、簡単にチームを抜けられると思っていたのかよ。
だったらおめでたい頭だな。テメェが決めたことには誰も何も言わねぇけどな、抜ける話は別件だぜ? チーム全体に関わるしな」
言葉を上塗りされ、ケンは意表を突かれた。
立てた膝に肘を乗せて、頬杖をつくヤマトは「阿呆だろ」バーカ、引っ掛かったなとシニカルに一笑を零す。
「どーしても抜けたきゃ俺の条件を呑むことだな。そうだな……フルボッコメニュー。チーム全員でテメェをフルボッコすっからそれに堪えろ。
見事堪えられたら、抜けてもいいぜ。
堪えられたらの話だけどな。そんだけ抜けるってのは難しいってことだ」
「それリンチって言うんですよ。ヤマトさんは本当にずるいなぁ。結局、抜けるなんてハナッから許していないじゃないですか」
遠回し遠回しに自分を必要としてくれるリーダーにケンは泣き笑い。
だから彼は非常に意地悪で優しく仲間思いの、皆から慕われるリーダーなのだ。
人の不安を根っこごと霧散させてくれるのだから。
決して周りからの評判は良いものではないが、内輪では誰よりも頼れる男だ。
自分は向こうのチームの頭、荒川庸一という男を話でしか知らないが、自分にとってついて行きたい男は彼ではなく、隣に座る男なのだと思っている。
(だいったいおれがこんなにも落ち込んでいるのは圭太、お前のせいだからな。お前がおれのこと、まだ友達とかほざくから)
過去に囚われているのは誰でもない自分。
向こうにいる絶交宣言を交わしたケイに、
『まだ友達だと思っている』
なんて言われてしまった。
表では冷然としていたが内心では酷く動揺してしまって、折角決めていた決心が鈍ってしまった。
過去も今も大事だとケイははっきりと自分にそう宣言した。
本音を言えば、自分も同じ思いだが……今は誰よりも隣で胡坐を掻いている男に一旗あげさせたい。
結局過去ではなく、自分は今を取りたいのだ。中学時代ではなく高校時代という今を手に取りたいのだ。
「ケン、俺の舎弟にでもなってみるか?」
「……え?」
ビール缶を傾けるヤマトが突然、舎兄弟の案を出す。
「だったらプレインボーイと対等に張り合えるだろ? 俺の舎弟になってみっか?」
「おれが……ヤマトさんの」
瞠目するケンだったが、少々冷静になって考えてみると、舎弟になるということはヤマトが自分の舎兄になるわけで。
確かにケイと対等になるわけだが、普段の私生活を考えれば自分はヤマトの弟分として、あれやこれや奔走しなければいけないような……いけなくないような……普段のヤマトの私生活を考えると……考えてしまうと……ふっかーく考えてみると……………。
「……。……。……ヤマトさん、ご好意だけで十分です。想像しただけで、ヤマトさんとおれじゃ不釣合いだって思いました」
「おい今、完全に三拍くらい間があったよな? んー? 俺の舎弟が嫌ってか? ケン」
「えーっと嫌っていうか。ホラ、ヤマトさん。面白い人好きじゃないですか! そういう人になってもらいたいと思います!」
死んでもヤマトの舎弟はご免である。
リーダーとして慕ってはいるが、舎兄弟とはまったくの別件である。
「まあ、ノリの良い奴は好きだけどな。プレインボーイもノリ良くて面白かったし……もしかしてテメェもノリが良かったりな?」
ギクリ。
ケンはたらたらと少量の汗を流した。
こう見えてケンは高校に進学してからというものの、調子ノリの部分を封印して日々を過ごしてきた。
未だ誰にもその面を見せたことはなかったのだ。
つるんでいる面子が面子だ。
なるべく普通の平々凡々不良でいこうと思っているのだが……これは不味い。
「そういやプレインボーイと随分仲が良かったと聞いたが、中学時代はどういう感じだったんだ?」
「(え゛、過去なんて知ったこっちゃねえって、数分前に言っていたのに聞いちゃうんですか。聞いちゃうんですか、人の過去!)」
心中で毒づきながらも、ケンは平常心を保ちつつニッコリと笑顔を作った。
「どういう感じと言われても、フツーでしたよ。一緒に駄弁る仲だったと言いますか。名前が山田と田山、健太と圭太で似ていたもんですから、仲良くなったと言いますか」
「フーン。確かにテメェ等、並びは違うが名前の漢字、一文字違いだよな」
「そうなんです。それなんです。だからおれ等、コンビ名がありまして。
苗字を掛け合わせて“山田山(やまださん)”というコンビ名で貫いていたんです。
だけど、あいつは“田山田(たやまだ)”というコンビ名を付けてっ、山田の方が苗字的に多いんだから“山田山”がイイっておれは言ったのに。
あいつは頑なに“田山田”を貫いて……ちょっと語らしていただきますが、ヤマトさん、日本は大衆国です! 多数決国家です! 赤信号、皆で渡れば怖くない精神を持っています! 王道を貫くのならば、山田の名を先に持ってきてこそだと思いませんか?!
あんのバカヤロウは山田の人口率を無視して、田山を先に持ってくるんですよ。
あああっ、山田人口率を舐めてやがる!
そりゃ田中や佐藤や鈴木には負けるけど、山田も負けてナーイ! おれは断固として“山田山”だと言い張る!
ああ言い張るとも、おれはどんなことがあっても“山田山”を貫くんだ。
山田健太16歳、好きなタイプの女性は清楚で料理の上手い女! 巨乳より貧乳派! 地味出身、現在不良、本日も“山田山”を貫くことを高らかに宣言!」
ふーっ、久々に素を出せた気がする。すっごくスッキリした。
いやぁ、いつもいつもいつも、素を出さぬよう頑張っていたから「ぷはははっ! ケン、お前の素かそりゃ?!」……オーマイゴット、やっちまったんだぜ。
いつの間にか立ち上がって熱弁していたケンは、
「ちょっとノっただけです」
気恥ずかしく思いながら腰を下ろす。
中学時代の話を出されたものだから、ついついあの頃の素が出てしまった。
隣でヒィヒィ笑い転げている我等がリーダーは腹を抱えて、
「タンマだタンマ!」
発作を抑えようと努力。
「なっ、なあ。やっぱ俺の舎弟になるべきだっ。さっすがプレインボーイとつるんでいただけあるっ、クククッ。決めた、俺はお前を」
「いやいやいや! おれなんて面白くもなんともないですよ! い、今までどおり圭太……じゃない、ケイを狙っておいて下さい」
「遠慮するなって」
にやにやするヤマトの視線に、
「ケイみたいにチャリの腕とか土地勘とかないですし!」
ケンはじわりじわり追い詰められている気分だった。
あああっ、なんでこんなことになった。
いや、調子に乗った自分が悪いのだが、それにしたってこの不運と言ったら!
(圭太っ、お前のせいだぞっ! お前がさっさとヤマトさんの舎弟にならないから……こんのバッキャロー!)
理不尽な理由でケイのせいにするケンだった。
◇ ◇ ◇
「――クシュンっ、ヘックシュンっ、ヘーックシュン! ……鼻風邪でもひいたかな?」
さっきからくしゃみが止まらない。
でも寒気も何も感じないし、喉の痛みも無い。風邪ではなさそうだ。
ということは、さては誰かが俺の噂をしているな?
どんな噂をされているかどうかはともかく、俺も随分モテるな。
多分悪い意味で噂されているに違いないんだけどさ。
女の子に黄色い悲鳴を上げられながら噂をされている、ということだけはないだろう。経験上。
ズルッと洟を啜り鼻下を軽く指で擦る俺は、
「噂されるようなことあったっけ?」
寧ろあり過ぎて思い当たる節が見つからない。
しきりに首を傾げていた。
大した噂じゃないことを願いつつ俺は現実に思考を戻す。
現在進行形で俺はいつものたむろ場(=倉庫)で集会に顔を出している。
集会というよりも、各々状況を報告しあっている感じだ。
先日、晴れて浅倉チームは『エリア戦争』の勝者になったのだけれど、こっちも随分手痛くやられた。
それだけならまだしも、回の喧嘩の後味の悪さといったら……勝ったというのにちっとも喜べない。
浅倉チームにいたっては沈鬱なムード一色だ。皆、お通夜に出る時のような顔をしている。
また此処には敵対していた榊原チーム、正しくは元浅倉チームだった不良も何人か足を運んでいる。
全員が揃っているわけではないけれど皆、浅倉さんに背中を向けた手腕のある不良達だった。
彼等から“真相”を聴くために浅倉さんが自ら頭を下げて呼んだんだ。
――真相。
それは榊原チームに寝返った彼等の真実。彼等はどうしても身を置かなければならない深い事情があった。
曰く、内紛を起こした榊原は地位と名誉、そして日頃から浅倉さんのチームへの対応に不服・不満を持っていたらしく(折角実力のある不良が集っているのに名を挙げようとしなかったリーダーに鬱憤が溜まっていたんだろう)、ついに実力行使に出たらしい。
主犯はまず自分と同じように浅倉さんに不満を持っている不良に声を掛けた。
それだけじゃ数が足らないから、次に実力のある不良達を脅す。
これは浅倉さんの戦力を弱めるための行為でもあったようで、ある奴は友達を、ある奴は兄弟を、誰にも知られたくない秘密を握られた奴もいれば、榊原に賛同した不良達にリンチ紛いなことをされて強制的にこっちに来るよう強いられた奴もいる。
浅倉さんの知らないところで彼等は苦境に立たされ、榊原に屈服、本意じゃないチームの抜け方をした。
浅倉さんの舎弟、蓮さんもその一人。
彼等の話によると蓮さんは仲間内がリンチ紛いなことをされている発見。
すかさず止めに入ろうとしたんだけど、人数が多過ぎて止め切れず、弱っている仲間を人質にチームを抜けてこっち側に入るよう強要された。
浅倉さんの右腕であり、彼自身も少林寺拳法経験者だということもあって、最初から蓮さんは引き抜きの対象として見られていた。
なにより蓮さんは浅倉さんの舎弟。
誰よりも浅倉さんに精神的苦痛を与えられる人物でもあった。
浅倉さんを慕っていた蓮さんにとってそれは苦痛で仕方が無かっただろうに、彼は仲間を助けるために条件を呑んだ。
真実を伏せて浅倉さんの下を去るしかなかったんだ。
だけど蓮さんの心は常に浅倉さんにあった。
彼は思っていたそうだ。
脅しと強制で出来上がった寄せ集めチームなんていつかはガタがやって来る。
それを見越していた蓮さんは、水面下で同志を集めて自分達が“本当のリーダー”に対してできる最後の仕事をしようと提案。
『和彦さんを……残してきた向こうの仲間を勝たせよう。“エリア戦争”の勝者にするんだ。榊原チームを俺等で終わらせるんだ。それが俺等にできる唯一の詫びじゃないか』