青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―




「そうか」


シズは目尻を下げた。

次いで無理はするな、微笑を向けてきてくれる。


「あ、そうだ。なんかチーム内でまた問題が起きたそうだけど……その……舎兄が、どうのこうの……って」


俺はおずおずと舎兄問題の件を副リーダーに尋ねる。なんてことないとシズは肩を竦めてきた。


「ヨウが少々相手を……怒らせてしまってな。舎兄に向いていないと言われてしまったんだ。なに、チームに支障は無い」

「誰だよ、ヨウさんが舎兄に向いてないとか言ったヤツ! オレがぶっ飛ばしてやるのに! ヨウさん、ちっとも相手のことを教えてくんねぇし!」


ぶーっと脹れるヨウ信者のモトが酷い話だよな、と俺にしがみ付いているキヨタに同意を求めた。

うんと頷くキヨタは目をゴシゴシと擦って賛同する。


あれ? キヨタじゃないのか、舎兄問題勃発したの。

なら誰だろう……ヨウに対して舎兄は向いてないと言った命知らず者は。


どうやらシズやワタルさんは相手を知っているらしく笑声を漏らしている。


え? 誰なの? 超気になるんだけど!

なにより、俺自身に関わりがある。何度も発言者の名を聞く。


けれど二人とも、直接ヨウに聞けと言うだけ。


モトやキヨタに教えていないのだから、俺に教えてくれるかどうか……ま、ヨウが戻って来たら駄目元で聞いてみるか。何事も無いといいけどな。



そうこうしている間に、次から次に仲間が戻って来る。  



ヨウを最後に全員揃った。

顔が揃ったところで皆に迷惑を掛けたことを謝ろうとしたんだけど、偵察の結果を含む集会が開かれたから謝る機会を逃しちまった。


それが終わって謝ろうとしても、俺の体の調子とか、皆の近況とか、そういった話に時間を取られたから謝る機会を逃してしまう。


なんだか皆、気にしていないから謝るなと態度で示してい誰もそんなことは言わないけど、態度が物語っている。


だから俺も謝ることをやめた。


心配を掛けた分、今度は行動で返そうと思った。


極々自然に思えるほど、俺はチームに居場所を作っていたんだな。


皆も居場所を俺に作ってくれているし……ココロ以外、みーんな不良だけど、恐いけど、友達だって思っているから、やっぱ居心地がいいや。


今日、顔を出して良かった。本当に良かった。また一つ立ち直れた気がするよ。






暫く談笑した後、皆は昼食を取るためにたむろ場から出て行く。


俺は皆とは別行動。

皆と昼食を取るまで体が回復していないんだ。


一緒に行きたい気持ちもあるけど、遺憾なことに診察代分しか金持ってきていない。


ココロに紅茶を奢るくらいの金はあったけど、もうすっからかん。


チームメートは昼食後、久々にゲーセンにも行くらしい。

それについて行ける体力もないと踏んだ俺は、今日は此処でバイバイ。

真っ直ぐ家に帰ろうと思う。



「またな」


大事をとって日曜の集会には顔を出さないつもりだから、次に皆に会うのは月曜日だ。


手を振ってチャリに跨る。

そのままペダルを踏んでチャリを前進。


「ケイさん」


丸び帯びた声が後ろから飛んできたため、自然とチャリが止まる。

振り返ればココロが駆け寄って来た。

彼女は今日のお礼をもう一度言いたかったらしく、俺の前に立つや否や頭を下げてきた。


「今日は本当にありがとうございました」

「ううん。大したことはしていないよ。たまたま病院に行こうとしてた時に絡まれていたココロを見つけたから。でも良かった、何もなくて」


目尻を下げると、満面の笑顔を作る彼女がそこにはいた。



「ケイさん、ヒーローみたいでしたよ。あんな風に助けられるなんて夢のよう。私、とても嬉しかったです」



高鳴る鼓動をそのままに俺ははにかんでみせる。


純粋に嬉しかった。

彼女の真摯な言の葉が、気持ちが、笑顔が。


ココロの新たな一面を見たせいで、余計に意識する俺がいた。


あーもうっ、自分が意識していると自覚しているからこそ、心音が煩くて仕方がない。


自制が利かないほど俺は彼女を意識している。

このまま自分の気持ちに背を向け続けられるだろうか? 


「それと泣いてしまって、ごめんなさい……ケイさんを困らせてしまいましたよね」


一変してションボリと落ち込むココロを恍惚に見つめていた俺だけど、

「気にしてないよ」

泣いたことに対して何も気にしてないと微笑んだ。

「でもさ」

言葉を重ねる。


「ココロに泣き顔は似合わない。俺は笑っている顔の方が好きだよ」


こっそりと意図した告白する気持ちは彼女に届かないだろう。


それでいい。

これは俺の気まぐれだ。


呆けるココロの表情に見る見る陽が射し込む。

長い睫を震わせ、頬を紅潮させて、嬉しそうにうんっと頷いた。


「ケイさんも、たむろ場に来てから表情が変わりました。やっぱり私、いつも笑っているケイさんが好きです」


俺の抱く好意と彼女の抱く好意の意味は違うだろう。

それでも嬉しかった。彼女に好きと言われて、とても。


「ん、ココロが誘ってくれたおかげだよ。気も晴れた。ありがとな」

「いいえ、少しでも元気になってくれて嬉しいです」


心臓が嫌ってほど高鳴っているけど、気付かない振りをする。

どさくさに紛れて告白したくせに、俺はこの気持ちの名に対して気付かない振りをする。


分かっているのに気付かない振りをするのは、彼女を困らせたくないんだ。

ココロは真っ直ぐに笑っている方が可愛い。


「ココロ、そろそろ行くぜ」


向こうで仲間と待っているヨウに呼ばれて、「はい」ココロは慌てたように返事する。


「それじゃ」


頭を下げてヨウ達の方に駆けるココロに手を振り、そして向こうにいるヨウ達にもまた手を振ってチャリを漕ぎ始める。


ヨウに呼ばれた時のココロの顔、すっごく好い笑顔だったな。


彼の下に駆けている間、ずっと笑顔だった。

本当に好きなんだろうな、ヨウのこと。


……ちょっと複雑だけど実るといいな、ココロの恋。ほんっとヨウの奴羨ましいよ。


あ、しまった。

ヨウに舎兄問題のことを聞きそびれた。まあいっか。月曜日にでも聞こう、舎兄問題。


(笑っている方が好き、か。なるべく笑うようにしなきゃな)


俺はチャリをどんどん加速させ、真っ向から吹く風を感じることにした。

気付かぬ振りをするその気持ちを散らすように、風の中に溶け消えてくれるように、チャリをかっ飛ばす。

微熱帯びた体がまた更なる熱を帯びてきたけど総無視することにした。








(――わ、笑う練習……してみようかな。笑う方が……好きって言われたし) 




あ、でも意識しているわけじゃなくて。

笑っている方が好きだとお友達に言われたから、ちょっと試してみたくなっただけで。


自分自身に言い聞かせるココロは照れ照れに照れていた。


誰の目から見ても照れていた。

やや気持ちが浮ついてるようにも見える。


密かに二人の会話に聞き耳を立てていた不良達は同じことを思っていた。


あそこまで意識し合っているなら、さっさと気持ちを伝えればいいのに……と。



「け……ケイさん、早く元気になるといいな……一緒にご飯、食べられたら良かったのに」



非常に気持ちが浮ついているらしくココロは今、零した独り言を表に出したことすら気付いていない。


一応、気遣いとしてスルーはしたがココロの独り言は続く。ケイさんの姿が見られて良かった。


助けられて嬉しかった。

仕舞いにはもっと可愛い服を来て来れば良かった、と自分の服装を気にする始末。


(ココロ、もっと積極的になってもいいんだぞ。アンタの可愛さはうちが保障する。はぁーあ、安易に口を出せば変に気持ち隠すしな)


妹分を気遣う姉分の響子。


(ケイの奴。勘違い起こしてやがるからな……ココロはどー見たってケイのことが好きだっつーのに。なんで勘違いしてやがるんだ) 


頭痛がすると愚痴る舎兄のヨウ。 

その他諸々の不良も同じような気持ちを抱いていた。


チーム一のジミーズ男女ペアは、周囲をじれったくさせる特技を持っているらしい。とにもかくにもじれったい。


嗚呼、じれったい。


なんで見守るこっちがやきもきしなければならないのだ。


ベタな青春恋愛ドラマでも見てる気分だ。さっさとくっ付いてくれ。



不良達の気持ちは、今まさに一つとなっていた。




⇒#04





◇ ◇ ◇



翌週の月曜日。


おかげさまで完全復活を成し遂げた俺は元気に学校に通うことができるようになった。


熱も完全に引いたし、風邪の陰りも見えない。

日曜日にゆっくり休養を取ったから、健康な体を取り戻すことができた。


気持ちに迷いはまだまだあるけど、ワタルさんの助言どおり、自分なりの答えを探すと決めたから、田山圭太は完全復活なんだぜイェーイ!


チャリもいつもどおり漕ぐことが出来るようになったし、調子にも乗れる。


勿論、何もかもが元通りというワケじゃないけれど、ある程度の日常風景は戻って来た。ある程度はさ。


そういえば、舎兄問題の件なんだけど。あれがどういう経緯があって問題が発生したのか、俺はその日の昼休みに知ることになる。



「ケイ、ちょっと付き合ってくんね?」



それは昼休み始まった直後のこと。

筆記用具等を片付けていたら、ヨウが教室に入って来て俺にちょっと付き合って欲しいと頼んできた。


売店にでも行くのかと思ったんだけど、ヨウは学校を抜けたいらしく一緒に外に出てくれないかと頼んできた。


校則が脳裏にちらついたけど、ヨウの頼みを断れる筈もない。

例えばあいつに「校則違反だぜ?」と注意をしても、「それが?」の一言で突っ返されるに違いない。


なによりもヨウ自身、俺と個別に話したそうだった。頼んでくるヨウを見ていれば分かる。


「いいよ」


俺は快諾した。

チャリの鍵と財布、そして携帯をブレザーのポケットに突っ込んで俺はヨウと一緒に教室を出た。


その時ヨウがチラッと教室の方を一瞥していたけれど、俺はハジメもしくは弥生に視線を投げているんだと思って別段気にはしなかった。 


駐輪場に置いているチャリを取りに行き、俺はヨウと一緒に堂々と学校を抜け出す。


一年からこんなことをして二、三年になった時は大丈夫だろうか? 不安もあるけど、未来より今だよな、今。


将来も大切だけど、目前の不良も大切だろ! 場合によっちゃ恐怖を味わうんだぞ、ベラボウチクショウめ!


俺はペダルを漕いで、チャリを走らせる。

「何処に行くんだ?」

ヨウに尋ねると、

「公園かどっか」

静かな場所で話したいんだと告げてくる。


つまるところ行き先は決まっていないらしい。


だったら……俺はヨウを一瞥して案を出した。



「じゃあさ、俺の行きたい場所に行っていいか? 飯はコンビニで買おう」






俺がヨウを乗せて向かった場所は、高架線下。


そう、そこは俺と健太が絶交宣言を交わした場所だ。


何となく気持ちに整理を付けたくていつかこの場所を訪れようと決めていたんだけど、こんなにも早く訪れるなんて思わなかった。


行きたいと言い出したのは俺なんだけどさ。


此処だったら見晴らしもいいし、車のラッシュを除けば静かな場所だ。

川原だったら地べたに座っても違和感はない。


俺はヨウと此処でコンビニ弁を食いながら駄弁ることにした。


最初は当たり障りも無い日常会話。テレビの話題とか、アーティストのこととか、適当に二人で駄弁る。 


「ケイ、俺、一つテメェに謝らなきゃいけねぇことがあるんだ」


談笑に一区切り付いた頃、ヨウがこんなことを口にしてきた。

「何かあったっけ?」

俺は謝られる憶えがなくて、なんで謝る必要があるのだと聞いた。

ヨウは間髪容れずに答える。


「俺、ケイを疑った。テメェと連絡がつかない間、もしかしたらヤマト達のところに行ったんじゃないかと思ったんだ……寝返ったんじゃ、そう思っちまったんだよ」

「へー。そりゃまたご大層な事を思ったんだな」


俺はふーんと相槌を打った。


それの何処が謝ることなんだ?

俺が日賀野のところ……ん? 俺が日賀野達のところに?


……はいぃい? 俺が日賀野達のところに寝返った?! 向こうには俺のトラウマがいるのに?!


「まじで?!」


素っ頓狂な声を上げて、隣に座っているヨウを凝視した。


「お、俺そんな疑いを掛けられていたのか?!」

「ん……まあ、ちょっとな」 


わぁーお、なんてこったい! 

俺が連絡を入れない間にそんな疑惑が持たれていたなんて!


……ということは仲間内にも疑惑が?


おおいっ、そりゃ大変じゃんか! 俺の身の潔白を証明しないと!

確かに健太とは仲が良かったけど、向こうに寝返るという気持ちは念頭にも無いぞ!


「やっべどうしよう」


慌てる俺に、


「だから謝っているじゃねぇか」


ヨウはもう疑っていないことを告白してくれた。


そうは言っても、仲間内にまだ疑念がしこりとして残っているんじゃ……うん、やっぱり熱に魘されていても携帯はチェックするべきだな。


反省、田山圭太、反省の猛省。


「ごめんな。俺が連絡を入れていなかったから……まさかそれで騒動になった?」


おずおずとヨウの顔色を窺う。

イケメンは力なく笑った。

ふわっと微風が吹いて不良の赤メッシュ部分が揺れる。


「テメェは何も悪くねぇって。疑ったのは俺だ。テメェの弱音を聞いといて、馬鹿にも程があるってほどテメェを疑っちまった。

で、その疑念がちょっとしたハプニングを呼び起こした。

べつに大きな騒動は起きなかったが……ある奴から舎兄に向いてないと言われちまったんだ。そいつはケイが学校を休んでいる間に俺等のたむろ場に来たんだ。


んでもって俺に話があるとやり取りし、そして向こうは静かに怒った。怒りを露にしてきやがった。

俺に堂々と言ってきやがったよ。

『舎兄と見る価値もない』ってな。


俗に言う舎兄問題発生だ。

他の候補者がいるわけじゃねえが、そいつは俺に舎兄なんざ認めねぇってきっぱり言いやがった。

そいつ曰く、今の俺じゃ、舎兄だって名乗る資格もねぇらしい。一刀両断っつーの? ああいうの。

さすがに、あそこまではっきり言われると俺だってヘコむぜ。

ケイが『舎弟らしくねぇ』とよく周りから言われているのは知っていたけど、まさか俺にまで『舎兄失格』なんざ振られるとは思わなかった。

シズやワタル、ハジメ、響子がその場にいたんだけど、全員が全員驚いていた。舎兄失格発言に」



「よ……ヨウに向かって命知らずな」



「ま、疑った俺が悪いんだけどな。五木にあそこまで言われるなんざ……思わなかった」





ホーホケキョ。


俺の中で唖然ウグイスくんが鳴いた。


え、何? 今、なんで利二の名前が……ちょ、もしかして舎兄失格と言った勇者って。


あわあわと口を開閉させて、動揺をどうにか押し殺す。生唾を飲んで恐る恐る聞いた。


「利二が起こしたのか?」


否定して欲しい気持ちで一杯の俺に、


「五木から聞いてね?」


意外だとヨウに聞き返された。


な、何も聞いてねぇよ!


今日利二に会った記憶をめぐらせても、普通に体調の心配と世間話その他諸々をしただけでっ、そんな話、一言も飛び交わなかったけど!



ちょ、利二! お前、平和主義ジミニャーノに属しているくせに、なんで自ら進んでヨウに喧嘩を売っちゃってるわけ?!


君、学校一恐れられている不良さまに何言ってくれちゃっているの?


愕然とする俺は危うく手に持っていた割り箸を落としそうになった。それだけ驚きが大きかったんだ。ヨウはポツポツ話を続ける。


「あの時の五木、ケイと喧嘩した並みに迫力があった。相手が誰であろうと、伸してやる殺意を抱いていた。


実はさ、ケイの家に見舞いに行った日。
俺とシズは五木に会っているんだ。ケイの行方を知るために。


その時、俺達がケイのことを疑っているって知って、五木に一喝されたんだ。そして後日、五木は俺達の元を訪れてこう聞いてきた。


『荒川さん。貴方は先日、田山を疑っていましたが……正直に答えて下さい。貴方は田山をどう思ってるのですか?』


どう思っているか、俺は普通にダチで舎弟と答えた。五木はそれに関しちゃ何も言わなかった。

けど次の問い掛け、『今まで田山の何を見てきたんですか?』に、何を見てきただろうな……なっかなか答えられない俺がそう呟いた瞬間、五木は激怒。

怒鳴りはしなかったけど、静かに怒り狂ったケイのことを舐めていると悪態ついてきた」



『田山は貴方の舎弟になった日から、今までずっと貴方の舎弟として何が出来るか、自分なりに考えて行動を起こしてきました。

あいつは喧嘩なんてできませんし、不良でもありません。傍から見ればダサい奴と思われがちです。


だけど舎弟として、些細な事でも真剣に考えて行動を起こしている。

貴方の足として、舎兄の顔に泥を塗らないようにして、苦悩しながらずっと貴方の舎弟をしてきた。


自分はその姿を近くで見ていたのでよく知っています。

舎弟のことで自分と喧嘩したこともありましたし、一方で相談にも乗ってきました。無理して馬鹿して怪我してっ……見ていられない時だって多々ありましたよ。


今回だってそうだ。
田山は無理に無理を重ねた。詳しい事情は知りませんが、現に田山は体調を崩している。それでも田山は貴方達との友情を取っている。


なのに貴方は田山を疑った。数日、連絡が取れない、それだけの理由で信じることさえしなかった。

田山の努力は何だったのか……これじゃあいつの努力が報われません。
田山の努力さえも見えていなかったのなら、貴方は舎兄失格だ。常に舎弟として何ができるか考えていた田山に、貴方は相応しくない。


自分は今の貴方を田山の舎兄だとは認めません。認める価値もありません。


今の貴方では田山の舎兄に向いてません――そうやってあいつを苦しめるだけなら、いっそ舎兄弟を白紙にしてチームから抜けさせてやって下さい。

それがあいつのためです。努力している田山があまりにも哀れです。貴方の舎弟にいる価値もない』




「――すげかった、あの時の五木。あんなにはっきりと俺に物を言うなんて……よっぽど腹立たしかったんだな、五木。


憤怒した五木は言うだけ言って帰っちまった。

あれから一度も口をきいていないし、向こうが極端に俺を避けちまっているし。


さっきもそうだ。俺が教室に入っても、素知らぬ顔で文庫本を読んでやがった。


どこ吹く風っつーの? 俺のこと無視だぜ、総無視。

五木って地味のクセに、意外と男気のある奴なんだなって分かった。少し腹が立ったけど、全部本当のことだった。五木の言うとおりだった」






………ど、どえりゃーことになっているじゃあーりませんか。



利二、不良相手にそんな騒動を起こしたのかよ。


あいつのことだから不良に物を言うだけでも恐くて仕方が無かっただろうに。


でも俺をそうやって庇ってくれたんだな、あいつ。

俺がいつも相談するから……利二は誰よりも心配性だもんな。


後で利二と話してみよう。まずはヨウをどうにかしないと。



食いかけのコンビニ弁に蓋をしながら、利二の騒動を詫びた。

原因は間接的にでも俺にあるのだから。


「ごめん、ヨウ。利二は……俺のことを心配してくれるが故にそんなことを言ったんだと思う。
でもな、ヨウ。俺はヨウが舎兄に相応しくないなんて思ったことないよ。今回のことだって仕方が無いじゃないか。俺が連を絡入れなかったのが悪いんだし」


「いや」


ヨウは空になったコンビニ弁を無造作にビニール袋へと入れ込む。

俺の詫びを受け取ってくれなかった。 


舎兄は腰を上げて、二、三歩、前に出るとキラキラと太陽光の反射で輝く川面を見つめた。俺はそんな舎兄を見上げるしか術を知らない。


「そうやって俺を甘やかしてくれるから、俺は手前に結構甘くなっていた。前々から自覚はあった。俺はテメェにばかり頼っている節がある。
ケイ、テメェは舎弟になった日から俺に『舎弟って何すりゃいい?』と度々聞いてきたな」


「う、うん。聞いたけど」


「俺はその時、その場その場で適当な返事をしていたと思う。

そんでもテメェは舎弟として、何をすべきか、何が自分にできるか、いつも行動していた

。考えてみりゃいつもそうだった。
舎弟問題が起きても、テメェは舎弟として何をするべきか、いつも念頭に置いてた。舎兄弟になったのはノリ。

だから俺はテメェみたいに舎兄として何が出来るか、一度だって真剣に考えたことはなかった。

テメェとは真逆だな。
俺はどっかで思っていたのかもしれねぇ。舎兄弟っつーのは舎弟が常に何かしてくれるもんだろ。いざとなりゃ喧嘩で前に出るくれぇだろって」


語り部の背中を見つめる。

プライドの高いイケメン男が俺に自分の嫌な一面の心境を語るだなんて不思議な光景だ。



「今回が初めてだった。舎兄として何をすべきか、こんなにも考えたのは。俺なりに真剣に考えてみたよ。

正直、俺は喧嘩くれぇしか取り得がねぇ。
何ができるか……頭を捻っても出てきやしねぇ。

取り敢えず俺は前にテメェに背中を預けるっつったから、今度はテメェが俺に背中を預けろっつー考えが浮かんだ。

けど、なんかしっくりこねぇ。ンなの当たり前の領域だって思ったんだ。そんな時、五木に言われて気付いた」


地面に転がっている小石を拾ったヨウは軽くそれを投げて掌でキャッチ、投げてはキャッチ、投げてはキャッチ。


刹那、川に向かって投げた。



ピッ、ピッ、ピッ、ポチャン――。



水面を跳ねながら小石は川に沈んでいく。

ヨウはまた小石を拾って川に向かって投げた。


今度は水面を跳ねることなく、水音を立てながら川に沈んでいく。


一連の流れを見守りながらヨウはブレザーのポケットに手を突っ込んだ。


金髪が穏やかに吹く風によって靡く。それは大層絵になる光景だった。


恍惚に見つめてしまう。


「俺はもう二度と舎弟を疑わねぇ。誰がなんと言おうと、テメェを信じることに決めた。例えば仲間が疑念を抱いても、俺は最後の最後まで舎弟を信じる。

舎弟が舎兄を信じて最後までついて行くっつったんだ。

俺も舎弟を信じる抜くことにした。
喧嘩しか取り得ねぇ俺だからこそ、舎兄が舎弟にできることは誰より手前の舎弟を信じることだって気付いた」



「ヨウ……」



「ケイ。俺はテメェに約束する。何が遭っても信じ抜くって。その第一歩として俺を殴ってくれねぇ? 俺なりの詫びをさせて欲しい」



振り返ったヨウが俺に笑顔を向けてくる。

疑った詫びを此処でさせて欲しい、そう言ってくるイケメン不良に俺は目を点にする他無かった。





だってよ?

俺がイケメンを、しかも不良を殴れるわけがねぇだろ?


ヨウみたいなイケメンくん殴ってみなさいな。


俺は全国の日本女子プラスヨウ信者を敵に回すことになるだろうよ!


俺がヨウに殴られる分には、誰も何も言わないだろうけど、ヨウが俺に殴られる分には絶対どっかからか抗議があがるって!



けれど、ヨウはいたく真面目に「本気できてくれ」と頼んでくる。



ったくもう……毎度のことながら勝手だな、ヨウの奴も。

殴っちまったら本気で女子達(とヨウ信者)から敵視されちまうのに。


そんなに俺をヨウファンに殺させたいか? なあ?


それに……俺にもなんか言わせろって。お前の気持ち聞いて、俺だって思うことがあるんだからさ。



「よっこらっしょっと」



腰を上げてヨウの隣に並ぶ。


ヨウがしたように、俺も小石を拾って川に向かって投げた。


腕が悪いのか、小石は水面を跳ねることなく沈んでいった。


それを見送った後、俺はヨウに向かって言葉を返す。



「やだね」と。



俺が不良に、いや、ヨウに対して申し出を拒絶したの初めてかもしれない。


結構勇気を出して拒絶したんだぜ?

田山圭太の勇気度は今、100%でい!


馬鹿も程ほどに話を続けることにする。



「俺はヨウを殴らない。此処で殴っちまったら、俺だってヨウに殴られるから。

ヨウ、憶えているか? 俺が日賀野から舎弟に誘われた日のこと。
あの日、俺は日賀野の誘いに危うく乗りそうになった。

状況はどうあれ、俺はお前を裏切ろうとした。

でもお前は言ってくれた。

“誘いに乗らなかっただろ?”

そう励まして、弱い俺を咎めなかった。
だから俺もお前を咎めない。確かに疑ったかもしれないけど、最終的にヨウは俺を信じてくれたじゃないか。殴る必要なんてないと思う。言うなればお互い様、じゃね?」


それに、俺はヨウに感謝しているんだ。

今回のことで俺は皆に迷惑ばかり掛けた。

なにより心配させた。

向こうのチームに友達がいるからと嘆いて、卑屈になって、苦言して……心折れそうになって。


そんな時にヨウが俺を探しに来てくれた。

弱音を聞いてくれた。俺の支えになってくれた。


「ヨウ、お前は思っている以上に舎兄としてやってくれてるよ。
少なくとも俺にはそう感じている。事情を聴いて、疑われた現実は確かに悲しいけどさ。お前、今こうやって俺を信じてくれるっつった。それで十分だよ、俺は」


「俺はそれじゃ気が済まないんだよ」


「だから、それじゃ俺もぶっ飛ばされるんだって。
お前は俺が一線引こうとした時、それに気付いて止めてくれた。
もし止めてくれなかったら、俺は……それこそチームを抜けるという選択をしていたかもしれない。言っただろう? 俺は弱い。自分が信じられないことがある、と」


肩を並べる舎兄に視線を投げる。

目を細めてくるヨウは肩を竦め、


「なら俺が手前の分まで信じてやるさ」


ケイは弱くないとぶっきら棒に返事する。

舎兄なりのやさしさに口角を緩ませる。





「殴り飛ばすのは今度からだ。
俺もヨウを裏切ろうとしたし、ヨウは俺を疑おうとした。でも、もう、お互いそれはしないと約束しよう。破ったその時は一発パンチ。それでどうだ? ヨウ」


同意を求めると、柔らかなに綻んで肯定の返事をしてきてくれた。

俺の言葉を受け取ってくれたみたいだ。


「しゃーねぇな」


今回はケイに免じて見逃してやる、ヨウは上から目線におどけた。


どんだけ俺に殴られたいのよお前。Mか!


イケメンが台無しになるまで殴ってもいいなら、やってやってもいいけど?


舎兄に笑みを返すとブレザーのポケットから携帯を取り出した。

アドレス帳を開いて健太のアドレスを呼び出す。

絶交宣言をしたその日にアドレスを消しちまおうと思っていたんだけど、躊躇いが勝っちまって今の今まで消せなかった。


だけどもう迷いはない。

俺は健太と絶交宣言したこの場所、高架線の下に立っていて、隣には舎兄がいて、ひとりじゃなくて――。



「ヨウ。俺、此処で健太と絶交したんだ。その後、あの川に落とされた」



切り出した話題に舎兄が「そうか」相槌を打ってくれる。気遣ってくれているようで、言葉は控えている。


そんなヨウに俺の決意を教えた。

此処に来た一番の理由は“気持ちの整理つけたい”だ。


そして、それだけじゃない。


俺は前に進む決意を固めた。



「ヨウ。俺は、やっぱり健太も大事なんだ。お前達のことも大事だけど、あいつと過ごした三年間は簡単に消えない。だから俺は探すことにした。
これから先、健太とどう接していこうか、自分なりに答えを出していこうと思う。

チームでは敵同士だろうけど、これはこれ、それはそれ。俺はあいつのことをまだ友達だと思っていたい」



そう思う俺は未練がましい男なのかもしれないけどさ。

苦笑いを零す諦めの悪い舎弟に対して、


「お前が決めたんだろ?」


ならいいじゃないか。舎兄が背中を押してくれる。


「俺をヨウは蔑むか? 敵方のチームをまだダチだと思っている俺をさ」

「馬鹿か」


ヨウが素っ気無く悪態をついて、長い足で軽くケツを叩いてくる。


「今、お前を信じるっつったのに、なんで俺が蔑まないといけねぇんだよ。
テメェがどんな道を選ぼうと、俺はケイを信じているさ……そのアドレスはダチのだろ? 消すのか?」


軽く人の携帯を覗き込んでくる舎兄に首肯する。 


「消す。未練がましく残してたけど、もういいや」

「無理しなくてもいいんじゃね? 残しておいて損はねぇだろ?」


「それじゃあ仲の良かった中学時代の過去に縋るばっかりだろ? 俺は自力で出した答えを踏まえて、これからあいつと接していきたいんだ。機会があればアドレス帳にもっかい登録するつもりだよ」


「そうか。ならもう、止めねぇよ。ケイが決めたことだ」


俺の首に腕を回してくる舎兄に一笑して、携帯を操作していく。



『削除しますか?』



はい、いいえ。



――はい。




『山田健太を削除しました』




俺の携帯のアドレス帳から、健太のアドレスが瞬く間に消える。


だけど健太との思い出や中学時代に築き上げてきた関係、そして今も友達だと思っている気持ち。

絶交宣言した胸の痛みは消えない。



絶対に消えないからな、健太。



まだ健太との思い出に錠は掛けられそうにないし、俺なりにどうケジメをつけていこうか、まったくの手探り状態だけど、健太にこれだけは言いたい。


それはあの時、直接あいつに言えなかったこと。




健太、今までありがとう。今のお前を選べなくてごめん。




でも俺は未だにどこかでお前のことを友達だと思っている。

お前と築いた中学時代の関係、あの関係は確かに存在していた。


あの関係に後悔はなかったよ。