殺気立った二つのオーラがぶつかった。
その側で痛みに呻いている俺の心境。
泣きたい叫びたい恐い! 二人とも恐いっつーの! ほんと仲が悪いんだな。
話には聞いてたけど、こんなに仲が悪いとは思わなかった。
ピリピリと醸し出される雰囲気に通行人達が大袈裟に俺達を避けて歩く。
迷惑そうな顔はしているけど、誰も何も言わない。通行の邪魔だって注意しない。
此処にいるのは不良たちばかり。
関わるのはごめんだと思っているんだろうな。
チッ、ヨウはまた一つ舌打ちをすると他の不良たちに目を向けた。
どっちも知り合い、つまり中学時代の仲間らしい。眉間によっている皺が深くなった。
「アキラに帆奈美(ほなみ)……たく、どいつもこいつも腹立つ面子だ」
焦げ茶の髪を持つ不良の名前は帆奈美さんっていうらしい。
不良にしてはワリと地味だけど、纏うオーラが大人を漂わせていた。
耳に付いているピアスが一層それを引き立てる。
「酷いご挨拶」
帆奈美さんがふてぶてしくヨウに言葉を返した。
「噂は兼ね兼ね。貴方のその拳だけで何事も解決できる考え、ちっとも変わっていない。愚か」
「姑息な手を使うお前等もどうかと思うがな」
「貴方のような男と寝た自分が信じられない」
「それはまたご挨拶だな。俺もだ」
寝た? それってヨウと帆奈美さんがセックスしたってことかよ。ってことは付き合ってたってことか。それともセフレ? 肉体関係?
どっちにしたって嘘だろ……中学時代にナニしてんのあんた達。アダルティな世界に足を踏み込み過ぎだろ。
イヤーンな世界に入り過ぎだろ。不良の世界は俺の想像を遥かに上回るって。
耳障りだとヨウは肩を竦めて俺に声を掛けてきた。
わざわざ荷物を持って来てくれたみたいだ。通学鞄を俺に差し出してくる。
「ありがと」
礼を言ってそれを受け取っていると、日賀野に笑いを含みながらこう言葉を掛けられた。
「まだそいつの舎弟でいるつもりか?」
ヨウは機嫌を最高に悪くした。
「まだンなこと狙ってたのか。テメェは」
「クズは黙っとけ」
「……おい、ケイ」
に、睨むなってヨウ!
俺はお前の舎弟やめるつもりないし(できたら白紙に戻したいんだけどさ)、向こうが勝手に舎弟がどうのこうのって言っているだけだぜ? 俺のせいじゃないぞ。これは。
それに答えは決まっている。
「俺はヨウの舎弟なんで。どう誘われようとお断りします」
しないと俺、確実に隣の方に殺されます。
目の前の不良に断るという行為もすんげぇ勇気がいるんだけどね! 断った瞬間殺されそう! だからか、俺、ちょっと逃げ腰。
「あーあーあ。勿体ねぇな、プレインボーイ。クズの舎弟なんざ。お前、オモシレェから舎弟にすりゃ退屈しねぇで済むのに」
あっれー、俺、確かヨウにも同じような理由で舎弟にされたような気がする。
確か面白いから舎弟にしてやると言われたような気が。
実はさ。根っこが似てるんじゃね? ヨウと日賀野って。性格は対照的だけど絶対思考は似てる筈。
何度目なのか、日賀野が俺に舎弟になるよう誘ってくる。
曰く俺はわりと使える……らしい。ナニに使えるのかスッゲェ知りたいところなんですが。
しかも『わりと』ってところが気になるんですが。なんで俺に拘るよ。そんなに面白いか、俺。
それとも……一見すりゃ不良でも何でもない地味な外見だから、色々と使える。とか? だろうな。そっちの方がしっくりくる。
「どう誘われても俺は」
「プレインボーイ。返事次第じゃ、前に会ったダチ。見逃してやってもいいぜ」
心臓が凍った。
どういう意味だ。前に会ったダチって利二のことか。
まさか、また利二に何か手を下そうとしているんじゃ。
あいつは関係ないじゃないか。不良でも舎弟でもないんだぞ。
俺の友達ってだけで不良達とは関係ッ……俺と関わってるからあいつにまで被害が。
激しく動揺していると、
「そうやって姑息な手ぇ使ってくる」
ヨウが話に割ってきた。
「本当は五木のこと、よく憶えてもねぇくせに。お前はいつもそうだ。自分の利害になる奴以外、顔なんざ一々覚える奴じゃねえ」
「どーだろうな。憶えているかもしんねぇぜ?」
「ッハ、ムカつくぐれぇ口だけは達者だな。どっちにしろ手ぇ出してみろ。舎兄の俺が黙っちゃねぇぞ。仲間にしてもそうだ。ケイにしてもハジメにしても、俺の仲間を甚振った礼はぜってぇしてやる。行くぞ、ケイ。こいつ等と話すだけ時間の無駄だ」
ヨウ、お前……。
ありがとう、ヨウ。
お前なりの気遣いは受け取らせてもらったよ。マジでありがとう。
お前の言葉ですっげぇ安心する自分がいる。
でもお前、やっぱどっかで責任感じてんだな。俺を巻き込んだこと。ノリで俺を舎弟にしちまったこと。
今の台詞でそれが十二分に伝わってきたよ。ヨウ、何も気にしちゃないよ、俺は。
と言ったら嘘になるけど……俺はお前を咎めるつもりなんてねぇよ。
約束したもんな。俺達で、イケるところまでイくってさ。
軽く背中を叩いてくるヨウと一緒に、俺はシズと響子さんのいるもとへと歩き出した。
舌打ちをかますヨウは胸糞悪いと愚痴りながら、一段一段、踏み付けるように階段を上っている。
「ああ、忘れていた」
ヨウは途中で足を止めて、日賀野に向かってこう告げた。
「お前等、特にお前。ぜってぇ潰してやっから。今日は潔く引いてやるけどな」
「ほぉー。そりゃまた物騒なこった。まあ、こっちはグループが分裂した“あの日”からそのつもりだったが」
薄ら笑いを浮かべる日賀野の眼は本気だった。
「だと思ったぜ」
ヨウは鼻を鳴らした。
「テメェ等は俺等をマジにさせるために、ずっと挑発してきた。そう解釈するぜ?」
「勝手にしろ。どう思われようが、テメェ等の存在は目障りだ。潰してやるよ、荒川」
「そのまんま返す。今までいいようにテメェ等の手の平で踊らされたが、俺等だってもう我慢なんねぇよ。ヤマト」
今度はこっちから仕掛けてやっから。楽しみにしとけ。
ヨウはアイロニー帯びた笑みを浮かべた。これは日賀野達に対する宣戦布告だ。
まさかこんなにも早く宣戦布告するなんて思いもしなかったぜ。
同じようにニヒルチックに笑う日賀野もまた宣戦布告の意思を見せた。
ようやく本気でやり合える、そんな満足気な顔だった。
日賀野は魚住や帆奈美さんを呼んでいた。
向こうも今日のところは引き下がるようだ。
「なんじゃいヤマト。なぁあんもせんのか。つまらん。奴等の面を拝みに行くって言うけぇ、何かするって期待しちょったんに」
肩を竦めてツマラナイと脹れる魚住に、「機会は幾らでもある」日賀野は細く笑った。
「男って本当に争いが好き。呆れる」
帆奈美さんは盛大な独り言を吐いてこっちを見てくる。
否、帆奈美さんはヨウに眼を投げているみたいだった。
気付いているのか気付いていないのかヨウはまったく彼女に目を向けなかった。涼しい顔で背を向けている。
今のヨウの気持ちは分かんないけど、多分複雑なんだろうな。
どういう関係か分かんないけどさ、肉体関係は持っていたみたいだし。帆奈美さんのこと、吹っ切れてるのかな。
聞いてみたい気持ちもあるけど、やめた。
今はそんな場合じゃないしな。
ヨウにだって触れて欲しくないところだと思う。俺は疑問まみれた言葉を呑み込んだ。
「楽しみにしてっぜ。これから先、テメェ等がどう仕掛けるか。せいぜい俺等に泣かせないようにな」
不敵な笑みを浮かべながら、日賀野は二人を率いて移動を始める。
「うぜぇ……」
愚痴りながらヨウも俺達に声を掛けて移動を始めた。
みんなの後を歩いていた俺はふと足を止めて、もう一度だけ日賀野達に目を向ける。
そしたら同じように帆奈美さんも足を止めて俺達の方に目を向けていた。
俺は彼女とバッチシ目が合っちまう。すぐに目を逸らしたかったけど、向こうの鋭い眼光に逸らすことができなかった。目を細めて満遍なく俺の見てくる。
そしてゆっくりと形の良い唇を動かしてきた。
「ヨウは仲間より自分のクダラナイプライドを優先する男。舎弟の貴方はいつか後悔する」
今なら間に合う、ヤマトの舎弟になった方が利口。ヤマトはヨウよりも仲間を大切にする。
助言めいた発言を残して俺に背を向けた。
俺は呆然と帆奈美さんを見つめていた。
ヨウが仲間より自分のプライドを?
まさか、ヨウはそんな奴じゃねえよ。
仲間のために突っ走る男だぜ?それは帆奈美さんだって知っているんじゃ。
ヨウから過去話を聞くと中学時代からそうだったみたいだし……帆奈美さんは中学時代からヨウを知ってるんじゃ。
俺からしてみりゃ、日賀野の方が仲間意識薄そうだけど。
じゃあなんで、あんな発言を? わっかんねぇ。ワケわっかんねぇよ。
首を傾げていたら、響子さんに声を掛けられた。
俺は止めていた足をぎこちなく動かして、ヨウ達のもとへ歩み寄った。
その間も帆奈美さんの台詞が脳裏にこびり付いて離れない。
ヨウは仲間より自分の誇りを優先する。
日賀野の方が仲間を大切にする。
何を意図して帆奈美さんは俺にそう発言してきたんだろうか?
⇒#07
田山家の家族構成は、
マイペース父さん。
(「我が家のルールは父さんだから」)
マシンガントーク母さん。
(「アイスは好き? あ、お風呂には入った。そうそう、確か羊羹があったりしたわね」)
お調子者弟。
(「あらやだ、僕と遊んでくれないなんていけず」)
そして俺の四人家族なんだ。
どっこにでもいそうな平凡家族だ!
駅から出た俺以外の三人の機嫌は最悪だった。
日賀野も魚住も帆奈美さんも中学生時代の仲間だった奴等。
今は犬猿の仲なんだから、そりゃ会えば機嫌も悪くなるだろうな。
特にヨウの機嫌はすこぶる悪かった。
口を開けば日賀野に対しての悪態バッカ。マシンガンのように悪口が次から次から次から、凄まじいのなんのって半端ねぇよ。
響子さんは苛々しながら持参しているガムを噛んでいるし、シズはムッスリとして始終ダンマリ。
残された俺はというと……めっちゃ居心地が悪い。
自転車を押しながら三人の機嫌を窺うことしかできねぇ。
下手に口を出せば八つ当たりされそうだ。
機嫌悪い不良達のうち、二人は今から家に来るんだぜ? 気が滅入っちまう! ずっと機嫌悪かったらどうしよう!
だけど、それは俺の杞憂に過ぎなかった。
三人とも歩いているうちに熱が冷めてきたみたいで、次第に纏っていた怒りオーラが薄れていく。
「あーあー、宣戦布告しちまった」
響子さんのおどけ口調で一気にどよんでいた空気が晴れた。
「今から大変になるぜ。なにせ、こっちから宣戦布告吹っ掛けたんだからな。気兼ねなく話し合える場所を見つけて、明日にでもみんなで話し合わないとな。まずは宣戦布告したっつー報告からか」
響子さんの意見に俺達は同調した。
いつもたむろするゲーセンで話し合うのは無理だろ。
誰でも入れるし、誰が日賀野達と繋がっているか分からない。
できれば誰かの家で話し合えれば良いんだけど人数が人数だもんな。
俺の家でもいいけど、うーん、全員が部屋に入ったら狭そうだしなぁ。
「ま、これに関しちゃ今日は仕舞いだ」
ヨウが話を打ち切った。
そうだな、今、話し合っても仕方が無いもんな。この件は後日話し合おうということになった。
響子さんはバスで家に帰るらしい。
俺達はバス停まで響子さんと同行。
そこで別れてシズの間食用のお菓子をコンビニで大量に買った後(あんだけバーガー食っといてまだ食うのかよ)、俺の家へ向かった。
俺の家は響子さんと別れたバス停から徒歩15分先のところにある。
日賀野達との一件を忘れるように他愛もない会話を飛び交わせながら、俺達は家へと歩いた。
田山家は住宅街の一角にひっそり息を潜めている。一軒家なんだ。俺の家って。
緩やかな坂を上ると我が家が見えてくる。
残念なことに新築じゃない。古いわけじゃないけど、それなりに年期の入った平屋建ての一軒家。どこにでもありそうな一軒家だ。
家に着くと、早速ヨウとシズは揃って俺の家を見上げて人の家を観察し始める。
「でけぇな」とヨウ。
「一軒家。羨ましい」とシズ。
二人とも住まいは一軒家じゃないらしい。
興味津々に我が家を観察している。人の家って興味が出るよな。分かるわかる。俺もそうだもん。
でも俺の家はなあんにもないぜ。期待されても困るぞ。
車庫にチャリを置いた俺は二人を連れて玄関へと向かう。
引き戸式の玄関に立つと向こうから騒がしい声が聞こえた。そりゃもう立っているだけで此処まで声が聞こえてくる。
俺は片眉をつり上げて、くるっと二人の方を向く。
「ヨウ。シズ。我が家はめっちゃ煩いからな。それだけは覚悟しておいてくれよ」
キョトンとした顔で二人は俺を見てきた。
「泊まらせてもらうんだ。文句ねぇよ」
「ふぁ~……ヨウの言うとおりだ」
二人は快く承諾してくれたけど……分かっていない。
我が家の騒音とも言うべき煩さを。騒がしいのなんのって半端無いぞ。
俺は取っ手に指を引っ掛けて扉を引く。
ガラガラ。扉の引く音と一緒に「ただいま」と挨拶、二人を中に招き入れて扉を閉め、鍵を掛けているとバタバタバタと足音が聞こえた。
早速来たか。
けたたましい足音を鳴らしてやって来たのは俺の弟、田山 浩介(たやま こうすけ)。
小5で五歳離れている。兄弟だけあって顔立ちは俺に似てる。
纏っている雰囲気も地味オーラムンムン。
兄弟揃ってクラスの中では地味日陰組に入っているんだ。
ゲーム機片手に俺のとこにやって来た浩介は、
「兄ちゃん! 遅いよ、どうして早く帰って来てくれなかったの!」
その場で地団太を踏む。
「お前なぁ」
帰って来て早々なんだよ。
憮然と溜息をつくと、「僕は困っていたのよ」意味深に眉根を寄せ、自分の右頬に手を添えた。口調がオネェに変わる。
お……おい、まさか浩介。
「あらやだお兄ちゃん。もう八時半なのに、僕を置いてこんな時間までどこで道草を食ってたの? いけないお人。僕、ボスステージまで行って、どうすればいいか分からず、困っていたっていうのに」
ぶりっ子口調で体をくねらす我が弟。
おまッ、友達がいる前でそのノリをかますか!
見ろよ、ヨウとシズが見事に固まっちまっているだろ!
しょっちゅう泊まりに来る利二の前じゃ(もう慣れているから)やってもいいけど、ヨウとシズは初めて我が家に来たんだぞっ!
お前も初対面だろ!
俺も帰って来たバッカなんだけど!
……ああくそっ、俺もやってやりゃいいんだろ! やってやらないとお前拗ねるもんな! だから、ンな期待した目で俺を見るな!
俺も頬に手を添えてぶりっ子口調をかます。
「あらやだぁ、それはごめんなさい。けれどね浩介ちゃん、兄ちゃん、お友達と大事なおデートに行っていたの。今日は兄ちゃんのお友達が泊まりに来ているから、これくらいで堪忍してくんなまし。母さんにご報告、宜しくできるかしら?」
「ご・褒・美は?」
「ボスステージの攻・略・よ」
途端に満面の笑顔を見せて浩介は元気よく踵返し、バタバタ足音を鳴らしながら居間へと向かう。
「お母さん、兄ちゃんが帰って来た! お友達連れて帰って来たー! おかーさーん!」
嗚呼もう、ほんと浩介の奴。
帰って来て早々恥ずかしいことさせやがってもう。
羞恥と一緒に溜息つく俺に対し、「毎度あんなやり取りしてるのか」ヨウ。「今の……弟だろ?」シズ。
二人とも笑声を必死に噛み殺そうとしていた。
けれど努力は失敗に終わっている。
笑うならいっそ、声に出して笑ってくれ! 真面目にすんげぇ恥ずかしいんだぞ!
俺の顔を見ては笑う失礼な不良二人を家に上がらせて、まずは居間へと向かう。
そこで母さんに泊まりに来たって報告しないと。
にしても、二人ともまだ笑っているし。ヨウもシズも笑い過ぎだって。
廊下を歩いていたら風呂場のドアを閉めている我が父を発見。
父さん……なんでパンツ一丁。
風呂上りなのか体からホッカホッカと湯気が出ている。
我が父は首に掛けているタオルで頭を拭きながら、ゆっくりとこちらを見てきた。そしてニッコリ。
「ああ、圭太。帰ってたのか。後ろの方々はお友達か? こんばんは」
「こんばんは、お邪魔してます」
「今夜、お世話に……なります」
二人は意外と敬語で父さんに挨拶。不良も挨拶できるんだな。
やや戸惑い気味なのは父さんがパンツ一丁だからだ。
でもそこは我が父、能天気に会釈して「寛いでくださいな」と笑っている。
どうでもいいけど、いつまでパンツ一丁で立っているんだよ!
「父さん、頼むからシャツくらい着てくれって! 友達がいるから!」
「ならサービスかな」
胸部を軽く叩き、のほほんと綻ぶ父さんに俺は言葉を失うしかない。
誰が親父の上半裸を見て喜ぶんだい? 父よ。
「そう白眼するな、圭太。シャツが無かったんだ。仕方が無いだろ? それに田山家の中じゃ素っ裸で歩いたって罪にはならないさ。
なにせ、我が家は父さんがルールだからな。お友達さんが我が家を素っ裸で歩いても父さんは許すぞ」
はっはっは、我が家は父さんがルールだ。笑いながら父さんは先に居間と入って行く。
「ケイの父ちゃんってマイペースだな」
「ほんと……にな」
ヨウとシズが変に感心してくれる。あんま嬉しくないぞ、二人とも。
妙な恥ずかしさに駆られた俺は強く頭部を掻いた後、二人を居間へと連れて行く。
居間にはソファーの上でゲームをしている浩介と、のそのそシャツを着ている父さん、それからテーブル台を拭いている母さんの姿があった。母さんは俺達の出現に顔を上げる。
不良のヨウとシズに驚いた様子もなく(内心では多少驚いていると思う)、いらっしゃいと二人に声を掛けた。
父さんの時と同じように二人は会釈してご挨拶。
母さんは二人に向かってお客様用の優しい微笑を浮かべる。
「圭太から話は聞いているわ。大したおもてなしはできないけど、遠慮なくなんでも言ってね。先にお風呂に入る? あ、ご飯はちゃんと食べた? 夕飯のあまりならあるんだけど。それとも何か飲むかしら? アイスとかお好き? 二人ともお名前は? って、圭太、ぼさっとしてないでお二人に接待してあげなさい! 困ってるじゃないの!」
「そりゃ母さんがいっぺんに質問しているからだって!」
二人だって困るだろ、あんなに質問されりゃさ!
だけど母さんは俺の接待の悪さに二人に詫びている。俺のツッコミは無視してくれている。
取り敢えず二人とも困ってるみたいだから、俺が勝手にこの先の行動を決めさせてもらった。
「風呂は十時くらいからぼちぼち入る。俺達、部屋に行くから。あ、金髪の方が荒川庸一。水色髪の方が相牟田静馬」
「庸一くんに静馬くんね。二人とも、着替えとかはある? 下着の替えがないなら、新しいの出すわ。お風呂に入る時に出してあげるから。丁度買い置きがあるの」
「あ……でもワリィしなぁ」
「一日くらい……我慢は……寝巻きは……学校のジャージがありますし」
「いいのよ。我が家に初めて泊まりに来て、何かと戸惑うこともあるだろうし。サービスしないとね。二回目以降から持参してもらえればいいから。
それにしても、二人ともカッコいいわね。息子ながら圭太が霞んで見える」
そりゃな、不良の身形はカッコイイだろうさ。
ヨウなんてイケメンに属するんだ。地味野郎の俺なんて霞んで見えるだろうさ! でもそんな地味野郎を産んだのは母さんだぞ!
心中で突っ込んでいると、浩介がゲーム画面から顔を上げてリモコンを手に取った。ピッピッピッとチャンネルを変え始める。
「あー!」
次の瞬間、母さんが声音を張った。
「浩介! 今から衛星放送で韓ドラ観るんだから、テレビのチャンネル替えないで!」
「今からお笑いがあるからやっだぁ」
「ゲームとテレビを一緒に取るなんてルール違反よ! どっちか一つになさい!」
「今はゲームしてないもーん」
田山家のルールはテレビを見るならテレビだけ、ゲームをするならゲームだけ、パソコンをするならパソコンだけと、一つのものに絞らなければいけない決まりがあるんだ。
テレビを観ながらパソコンをする、ゲームをしながらテレビを観る、そういった行為は言語道断。やるなら一つに絞らないとルール違反なんだ。
ま、単純に言えば、我が家で人気があるテレビやパソコンはみんなで仲良く円満使おうってことでこんなルールがあるんだ。
けどこのルールがあるせいで何かと喧嘩が勃発。今も母さんと浩介がテレビを取り合っている。
「お母さん、ケチくさい! 子供に譲ってよ!」
「馬鹿、テレビに大人も子供も親子もないのよ! 圭太の部屋にもテレビあるでしょ! そっちで観なさい!」
「兄ちゃんとこのテレビちっさいもん! こっちがいいっ! 母さんの贅肉マン! 三段腹!」
「ンマッ! ゲームばっかりしてるもやしっ子には言われたくない台詞! 根暗になるわよ!」
「僕は地味ですぅー。根暗と対して変わりませんー」
「母さんだってもう歳だから、贅肉が付き始めても気にしてませんー。さっさとリモコン渡しなさい!」
頼むから、客人の前でそういった会話はやめてくれないかな。すげぇ恥ずかしいだろ。
ヨウもシズもポカンと口開けて、我が家の光景を見つめているじゃないか。
真面目に、真面目に、まじっめに恥ずかしいぞ。
父さんは止める様子もなく寝巻きを探しているし。
これ以上、居間にいると俺、羞恥で死んでしまう。さっさと退散しないと!
「俺の部屋に行こう」
ヨウとシズの背を押して居間を出た。
早足で俺の部屋へと二人をご案内、襖を開けて二人の体を部屋へと押し込んで閉めた。
ようやくホッと息をつく。
つ、疲れた……家族に軽く紹介して部屋に案内するこの過程で疲労がドッと押し寄せてくる。
昼間の喧嘩の一件、日賀野達の宣戦布告の一件もあるから今のやり取りは余計疲れた。
ヨウやシズも疲れているんじゃないかな。
我が家のやり取り、めっちゃ煩かっただろうし。
二人に適当に座るよう言って、改めて詫びる。
「ごめんな、俺の家煩くて。疲れただろ?」
「んにゃ、そんなことねえよ。ケイの家族、オモシレェな。なんかケイの家族って感じ」
「ふぁ~……おじちゃんおばちゃん、良い人だし……」
「ほんとにな」
笑声を漏らすヨウは部屋の四隅に鞄を置いた。倣ってシズも鞄を置くと、俺の部屋をグルッと見渡す。
俺の部屋は畳部屋。ベッドや机、箪笥に漫画とCDとゲームカセットが入っている棚、それにゲームするための小さいテレビなんかが置いてある。
部屋はわりと広い方だとは思う。
この部屋でヨウもシズも寝てもらうつもりだしさ。
それを二人に伝えれば、了解だとばかりに頷いて腰を下ろした。
胡坐を掻く二人に寛いでもらうよう言って、俺は一旦部屋から出て台所に向かう。
飲み物を持って部屋に戻れば、二人は早速部屋の探索を始めていた。
二人とも棚に入っている漫画やCDやゲームカセットを眺めていただけなんだけどさ。
「見てもいいよ」
俺は茶の入ったコップを二人に差し出しながら言う。
「興味あるのは適当に見ちゃっていいから。CD聞きたいならコンポに入れるし、ゲームしたいなら直ぐ準備できるし」
「あ、サンキュ。なんかさ。ケイんところって自由だな」
コップを受け取りながら、ヨウは妙な事を言った。自由かなぁ、我が家。
シズも同意見だと頷きながらコップを受け取る。
「なかなか……ないと……思う。こういう家……うちは……窮屈……極まりない」
シズのところは愛人がいると言ってたもんな。
どういった事情かは分からないけど窮屈だと思う。
我が家を自由って言ってくれる、ヨウのところも家庭環境が複雑なんだろうな。俺は二人と向かい合う形で腰を下ろした。