弥生は体育館裏で生徒会長に会った、と報告してきた。
どうやら生徒会長は本格的に俺達が犯人じゃないかって目星を付けているらしい。簡単に言えば、俺等は見張られているんだ。
信用無いよな、俺達。
監視したい気持ちは十二分に分かるけどさ、こっちからしたら気分の良いモンじゃない。
ヨウは盛大な舌打ちをした。
「とことん疑われているな。ざけやがって」
「しかたねぇってヨウ。取り敢えず、一週間耐えることにしよう。まだ一日目だぞ? この調子じゃ一週間持たないって」
こうやって不良に意見できるようになったんだな、俺。
成長したよな。
俺は俺を褒めたい。
ヨウは頬杖をして吐息をつく。
「ンなこたぁ分かってるんだよケイ。俺が気に食わねぇのは、あの野郎のやり方だ。チッ、なんっつーかやり口がどっか似ているんだよな。ヤマトと」
ヤマト。
その単語に俺は表情を強張らせた。しょーがないよな! そいつに俺、喧嘩、じゃない。一方的フルボッコされたんだし! 顔が引き攣るのは自然現象だ! と、思いたい。思わせてくれ。
ワタルさんはケラケラ笑った後、目を細めてニンマリ。
「ねちっこーいやり方はヤマトちゃーんにそっくりだよねぇ。もしかしてヤマトちゃーん、裏で糸を引いているかもねぇ。あの生徒会長と繋がりがあっちゃったりして」
背筋がゾクッとした。
思わず、持っていた箸を落としそうになる。
どうにか箸を持ち直すと俺は「まさか、」とばかりに笑った。
「そ、そんな馬鹿な。だって今回の事件はこの学校内ですし。あの生徒会長が日賀野と繋がりを持つなんて」
「繋がりがあるかどうかは分からないけれど、あのヤマトなら裏で糸を引けてもおかしくないと思うよ。ケイ。向こうにはアキラがいるしね。繋がりがあっても不思議じゃないよ」
「おい……ハジメ」
ヨウがハジメの言葉を止めた。
けどハジメはコーヒー牛乳で喉を潤しながら、「知っていた方がいいんじゃないかな」と返答。
「相手を知らなかった。そのせいでケイはヤマトにフルボッコされた。弥生だってヤマト達絡みの連中に襲われた。事が終わって相手を知る、それじゃあ遅いと思うよ。違うかい? ヨウ」
「そりゃそうだが、べつに今じゃなくてもイイじゃねえか。その話」
「僕ちゃーんもハジメちゃんの意見に一票。アキラのことは知っておいた方が良いと思いマース。遅かれ早かれ知るなら、今話しておこうよーよー」
二人に意見されたヨウは、
「今じゃなきゃイケねぇのかよ」
苦虫を噛み潰したような顔を作って後頭部を掻いている。
……誰? アキラって。
すっかり蚊帳の外に放り出された俺は隣に座っている弥生に視線を向ける。
弥生は首を横に振った。彼女はアキラという人物を知らないらしい。
ということは、ヨウ達が中学時代につるんでいた不良仲間か(俺と弥生は高校でヨウ達と知り合ったから、ヨウ達がつるんでいた中学時代の不良仲間を知らない)。
アキラのことを知らない俺や弥生のために、顔を渋めていたヨウが簡単に説明してくれた。
「アキラっつーのは中学の時つるんでた奴のひとりで、名前は魚住 昭(うおずみ あきら)。奴はとにかく顔が広かった。性格に一癖も二癖もある……まあ、とにかく取っ付きにくい性格をしてた。
グループが分かれた時、奴はヤマト側に付いたんだが、あいつは特に敵に回すと厄介なんだ。顔が広いっつーことは交流も広い。誰と繋がりを持っているか分からないんだ。
グループが分裂したあの頃は、まさかここまで最悪の仲になるとは思っていなかったから危険視してなかったんだが」
「アキラと繋がりを持つ奴なんて、大体ろくな奴じゃないけどねんころり。僕ちゃん、おトイレに行ってきまーす」
ワタルさんが席を立った。
これ以上話なんか聞きたくない、とでもいうような態度だ。
さっさと教室を出て行くワタルさんに違和感を覚えたのは、俺だけじゃないようだ。
弥生が心配そうに「ワタル、その人と何かあるの?」とヨウに尋ねる。
「だから今言うのはヤだったんだ」
ヨウは顔を顰めて、頭の後ろで腕を組んだ。そして軽く溜息。
「あいつとアキラは親友だったんだ」
親友だった。
それって危険視しているアキラって奴とワタルさんが?
じゃあワタルさん、教室を出て行ったのは単に話を聞きたくないと思ったわけじゃなくて……。
「まぁ、あいつの口から直接聞いたわけじゃねぇんだけどな。少なくとも仲は良かったんじゃないかと思う。俺にはそう見えた。小学校からの付き合いだったって聞くしな。ウザさもどっこいどっこいだった」
ヨウは軽く肩を竦めた。
ワタルさんと同じくらいに、ウザイ人がいるんだ。
一度お目に掛かってみたい。あくまで遠くで見るだけがいいけどさ。
けど今の話が本当なら、ワタルさん。辛いだろうな。元親友と対立関係なんて。
俺だったら辛い。
たとえ“元”が付いていたとしても、昔、親友だったことには変わりないんだから。結構、ヨウ達の中学時代って複雑な人間模様だよな。
「今、話さなくても良かったんじゃないか」
ヨウが意見した。ハジメはどことなく可笑しそうに笑って、飲み終わったコーヒー牛乳のパックを潰し始める。
「ワタルは弱くないから大丈夫だよ。彼は強い――強いよ」
意味あり気に笑うハジメに違和感、というか“何か”を感じた。これが具体的に何かって言ったら分かんねぇだけど、何か、今のハジメは違う。
知り合って日の浅い俺がそう思うくらいだから、ヨウや弥生は尚更、違和感みたいなのを感じたと思う。
ハジメの言葉の真意を探るような眼差しを作っていた。
俺達の視線から逃げるようにハジメは「まあさ、」と明るい声を出した。
「ヤマトやアキラが絡んでるかどうかは置いといて、この1週間乗り切ろう。お授業をサボらずに、あの会長様を見返してあげましょう」
「だよねぇー。私たち何もしてないし。あ、そうだ。私、チョコレート買ってきたんだ。みんなで食べよ。新発売だって!」
話題を逸らす弥生の発言のおかげで、一気に空気が軽くなった。
チョコの箱を開けて机に散らばせる弥生に、
「いっちばーん」
ハジメがチョコを取っていく。
「ちょーっと」
弥生はハジメに文句言ってたけど、俺は二人のやり取りに思わず一笑。
ヨウと目がかち合ってまた一笑。
「まずは目の前の問題を片付けなきゃな、ヨウ」
「ああ。そうだな。ヤマトのことはまた今度だ。あー、なんっつーか辛気臭ぇ話は無理だ。疲れる。ダリィ。っつーかタコ沢、コーラはまだかよ」
携帯を取り出してタコ沢にメールし始めるヨウを眺めながら、俺は軽く息をついた。
だよなぁ。
やっぱ重い空気ばっかじゃ身が持たないよな。
ただでさえ須垣先輩のせいで面倒なことになっているんだ。
日賀野関連の話は暫く聞かなくてイイって感じ。一生聞きたくない。そしてアイツには二度とお会いしたくない。
でもでも、できればフルボッコのお返しとして一発顔面にパンチ……いや唾を吐きかける……いや悪態を付く程度はしたい……うん、やっぱ会わなくてイイ。
『また会おうぜ、ラッキープレインボーイ。次は良い返事を期待している』
ブルッ。
俺は身震いした。
日賀野が別れ際に言った台詞を思い出しちまったよ。
ホント、あいつが今回の事件に絡んでいないことを願うよ。
懇願に近い気持ちを抱きながら、俺は冷えたエビフライを口に放り込んだ。
一週間、何事も無く事が済めばいいな。
⇒#03
◇
生徒会から疑いを掛けられて四日目。
ストレス溜まる日々を過ごしながらも、俺達は全授業をサボることなく出席していた。
勿論、ストレスを溜めているのはサボりの常習犯になっているヨウ達なんだけどさ(正直俺もサボり癖が付き始めていて、気だるさは感じていた)。
流石に四日目になると、残りの日も何事も無く過ごせるだろう。勝利すら感じていた。
だけど物事はそう簡単に流れてはくれなかった。
それは四日目の昼休み終わりの話。
いつものようにヨウ達と昼飯を食い終わった俺はハジメや弥生と一緒に教室に戻った。
すると教室の隅でしゃがみ込んでいる地味友の透の姿を見つける。
同じく地味友の利二と光喜が心配そうな面持ちを作って、何やら透に話しかけている。
弁当箱と水筒を自席に置いた俺は迷わず、透たちの下に歩み寄った。
「利二、光喜。透、どうしたんだ」
「あ、田山……それがさ、小崎。さっきからこの調子で、こっちも何があったか分からないんだ」
眉を下げた光喜が教えてくれる。
自他ともに認める心配性のお母さんのこと利二が甲斐甲斐しく透に話し掛けているけど、透は項垂れたまま。
床に顔を向けているから、どんな表情をしているか分からない。
「透、どうしたんだ」
俺も屈んで透に声を掛ける。
ピクリ、透は肩を震わせて俺を見上げてきた。
目を剥いた。透の口端が切れている。
まるで誰かに殴られたように、痛々しく口端がプッツリ切れて血が滲み出ていた。
どっか泣きそうで、どっか悔しそうな顔を作っている透は俺の手首を掴んで、
「圭太くん。ちょっと」
声を震わせて立ち上がる。
俺の返答なんて待っている余裕は無い。
そう言うように、早足で男子便所まで連れ出された。
便所にいた男子生徒が出て行くのを目で追った透は、辺りに誰もいないことを確認すると俺を見据えてきた。
いつものほほーんとして、地味に人を茶化す、あの透じゃない。瞳の奥にギラついた感情の炎が宿っている。
ホント、どうしたんだよ。
俺が声を掛けようとしたら、透が先に口を開いた。
「圭太くん……今日の昼休みの話なんだけど、いつものように不良と一緒だった?」
透の声は地を這うような、低いひくい声だった。俺は戸惑いながら一緒だったと返答。
直後、透は両手で俺のブレザーの襟元を掴んで迫ってきた。
勢いのまま壁に背中を押し付けられる。
痛くは無いけどスッゲェ焦る、この状況。
それ以上に見上げてくる透の目は恐い。
「昼休み、一緒にいた不良は全員だった?」
「え?」
「だから圭太くんといつもつるむ不良は全員揃ってたかって聞いてるんだ!」
「ぜ、全員って」
「答えろ!」
男子便所に透の怒号が響き渡る。
透の怒りに呑み込まれそうになっていた俺は、一旦、軽く息を吐いた。
落ち着け、おちつけ、透が何に対して怒っているか知らないけど、落ち着かないと質問に対してまともに答えられないぞ。
嫌な汗が背中に伝うけど、俺は無視して静かに答えた。
「全員揃っていたよ」
透は本当かとばかりに、俺を睨んでくる。
友達のガン飛ばしほど恐いものは無いよな。
そう思いながら俺は透が納得してくれるよう、昼休みのことを説明し始める。
「昼休み、俺はハジメや弥生と一緒にヨウのクラスで昼食を取った。ヨウは勿論、ワタルさんもいた。途中、タコ沢がヨウにパシられて教室にやって来た。俺がつるんでいる不良は今言ったメンバーだ。
いつもだったら体育館裏で飯食っているんだけど、透も知っているだろ? 俺達は今、生徒会から疑いを掛けられている。しかも監視されている。
だから下手な行動できなくて、昼食を取り終わった後はヨウのクラスで駄弁っていた――他に聞きたいことあったら聞いてくれ、透」
俺の説明に透は下唇を噛み締めて俯いてしまう。気付いちまった、襟元を掴んでいる透の手が震えているのに。
「ごめん、圭太くん」
涙声を出して透はそっと手を放してきた。
俯いちまっているから、顔は見えねぇけど、透の肩が震えているから、もしかしたら泣いているのかもしれない。
いや、透は泣いていた。
透が顔を上げてくれたから、分かりたくなくても答えが分かちまった。
泣き顔を誤魔化そうと透は必死に笑ってくるけど、変に顔が歪んで失敗に終わる。
ブレザーの袖口で涙を拭いた透はまた俺に謝ってきた。
「突然、ごめんね。僕、ちょっと取り乱してて。ほんとにごめん」
「透、何かあったんじゃないか? 不良に何か関係することで。その怪我、なんかあったんだろ?」
俺の問い掛けに透の顔が強張った。
やっぱり何かあったんだ、透の奴。
不良に関係する何かであったなら、尚更放っておけない。
もしかしたら舎弟に関係する何かかもしれないし、見捨てておけねぇだろ。こんな風に泣いてる透のことをさ。
とにかくまずは保健室に連れて行こう。
怪我の手当てしてもらって、それから話を聞こう。昼休みはもう終わっちまうけど、この後は掃除だし。
それに仮に授業に遅れたとしても、友達を保健室に連れて行く行為はサボりじゃないよな。授業遅れても大丈夫だよな。
あれこれ考えていたら、透が顔をクシャクシャに歪めて本格的に泣き始めた。まさに男泣き。
いつもはのほほーんとしているのに、こういう時になると男らしく豪快に泣くもんだから俺は大いに焦った。男子便所に透のむせび泣く声が響き渡る。
「透、どうしたっ。ちょ、待て。落ち着け。
いや、泣いちゃダメっつーわけじゃないぞ。悲しい時は泣け。遠慮せずに泣け。男が泣いちゃイケない法律なんて何処にも無いしな! けどちょっと落ち着け。
せめて声、こえ、こえを抑え……あ、無理そうか? じゃあそのままでいいから、保健室行こうぜ。な?」
「むぅっ、っつ、うぅ、わぁーっ、わぁっ、わぁっ」
しゃくり上げている透が何か言おうとしてくれるのは分かるんだけど、残念なことに俺と透の間に以心伝心はないみたいだ。
ちっとも伝わってこねぇ。困った。困ったよ。こういう時、どうすればいいんだ。
泣きじゃくる小さな背中を軽く叩いて、「取り敢えず保健室行こう」声を掛ける。
透は何度も首を横に振った。
保健室に行かなくてもいい、ってことか? ということは教室に戻るってことか?
いやでも、その状態じゃ授業なんて無理じゃ……あーくそっ、こうなりゃ無理やり連れて行く! こんなところでグズグズしててもしょうがないだろ。
「っ、け、圭太くんっ……いいっ、いいんだっ、僕っ、連れっ……もらう資格ない……」
俺の決心が顔に出ていたらしい。
途切れ途切れに言葉を発しながら、透が俺の行動を止めてくる。
「僕っ、圭太くんをッ……疑って……そういう人じゃないッ、知っているのに。ごめんっ、圭太くんっ……ごめんッ」
「透……?」
「自分が可愛くてさぁっ……アレが大切でさぁ……。僕、君を……疑っちゃったんだ。最低なことをしようとしてたんだっ。ごめん、ほんとに圭太くん……ごめんね」
言葉を震わせながら、透は俺に泣いて微かに笑って謝ってきた。
どうして謝ってくるんだよ、透。
なんでお前、そんなに辛そうな顔しているんだよ。ゼンッゼン分かんねぇよ俺。
仮に透が俺に何かしたとしても、何をしたのか、それを言ってくれなきゃ謝られても気分が落ち込むだけだぞ。
大混乱する俺を差し置いて、透は「ごめん」詫びを置いて脇をすり抜けて行く。
「待てよ、透!」
声を掛けても透は振り返らなかった。男子便所を飛び出す透の背を追い駆けるために、俺もすぐ便所を飛び出した。
地味のわりに透は足が速い。
もう姿が遠くなっていた。
俺は転びそうになりながら、必死に透の後を追った。
だけど途中で姿を見失っちまう。
俺は舌打ちをして透の行きそうな場所を探すことにした。
あの状態じゃ、教室に戻るって事はありえないよな。保健室も行きたくないと言っていたし。
そういえば透は美術部だったな。
美術室に隠れて、興奮した気持ちを落ち着かせてるかもしれない。
昼休みの終わりを告げてくるチャイムを無視して、俺は美術室に向かった。
この後掃除が入る、掃除時間は15分、まだ授業は始まらない。時間はある。掃除くらいサボっても大丈夫だろう。
そんな気持ちを抱きながら、美術室前で立ち止まった。
上がった息を整えながら、俺は美術室前の扉を見据える。
「いてくれよ、透」
呼吸を軽く止めて気持ちを引き締めた。
その直後、両肩に勢いよく手を置かれて俺の心臓が飛び上がった。振り返れば、
「呼ばれて飛び出てワァアアアタルちゃーん」
なんでこの人がいるんだよぉおお! ちょ、なんで?!
ワタルさんの出現にもう少しのところでコケそうになったし、マジで腰が抜けるかと思った。心拍数めっちゃ上がっているし。
俺の反応にワタルさんはにやにやにやと笑い、肩に腕を置いてきた。
「そんなに喜ばないでよケイちゃーん。僕ちん、うれピくて思わずケイちゃーんに惚れちゃいそう」
「な、ななななんでワタルさんが此処に?」
「んー? それはねぇ。ケイちゃーんが楽しそうに走ってたからぁ。それに、トイレで地味っ子とお話してたでしょー? 僕ちゃーん、トイレの個室でちゃーんと聞いてたんだから。
あ、ちなみになんでトイレの個室にいたかっていうとこの子と戯れようと思ったから」
ワタルさんはポケットから煙草の箱を取り出して俺に見せ付けた。
どーでもいいけど、ぶりっ子口調、どうにかしてくんねぇかな。鳥肌立ってしょうがないんですけど。
つまりワタルさんは、煙草を吸おうとトイレの個室に篭っていたわけだな。そしたら俺と透の話を聞いて、何やらただならぬ雰囲気を面白く思って俺の後をついて来た、と。
……それ、悪趣味だってワタルさん。
「ケイちゃーん。始終聞かせてもらったけど、あの子さぁ、透ちゃーんだっけ? もしかして今回僕ちゃーん達が巻き込まれてる事件のことで、何かあるんじゃないかな」
突然飛び出してきた真面目な発言に、俺は目を瞠った。
「不良に関係することで何かあったんじゃないか? ケイちゃーん、あの子にそう言ってたねぇ? 話の流れからして、多分、僕ちゃーんは今回の事件が絡んでるんじゃないかって思うんだよ~ん。
まあ、あくまで僕ちゃーんの勘だけど? そう、例えばあの子がヤマトちゃーん達の手先になっちゃったとか」
絶句するとはまさにこのことだと思う。俺はワタルさんを凝視した。
下唇に刺さっているピアスを軽く触って、ワタルさんは「あくまで憶測」と俺にキッパリ言い切った。
「仲間、というよりも脅されて何かされているって思った方が筋じゃないかなー。ケイちゃーんがヤマトちゃーんに脅されたように、ね。
向こうは、そーゆー無理やりプレイ好きな輩が多いから。ヤマトちゃーん達に関わっているのかどうか、何となーくあの子に話が聞きたくなってねぇ。追い駆けてきたわけ、お分かり?」
「仮に……仮にそうだとしたら、透を、ワタルさんはどうしますか?」
「さあ? 殴り飛ばしちゃうかも。そうなったらケイちゃーん、どうする?」
挑発的な問い掛けに俺はちょっと考えた。
もしもそうなったら、俺はどうするだろう。
ワタルさんを止める……勿論それは、かの有名なカツアゲ伝説を作っている不良さまに喧嘩を売るわけで。
けど透は俺の地味友なわけで。一つ頷いて、答えた。
「そうなったら取り敢えずワタルさんが殴る前に、俺が透を殴り飛ばします。
それから事情を詳しく聞きたいです。腕っ節の強いワタルさんに殴られたら、地味な奴等ってすぐ伸びますから」
身をもって経験しているからこそ言える。
喧嘩慣れしている奴にぶっ飛ばされたら、地味な奴はすぐ伸びちまう。病院送りも夢じゃないぜ!
ワタルさんは一笑して、俺の背中を叩いた。
「ケイちゃーんらしい面白いお答えをどーもども。何だかんだ言ってオトモダチ思いなんだねぇ。自分で殴っちゃうだなんて」
「どっちかっていうと俺のためでしょうね。その時の俺、きっと頭に血が上ってるでしょうし」
ブレザーのポケットに手を突っ込んでワタルさんに苦笑いを向けた。
だってそうだろう?
身近にいる……地味友と信じていた奴が今回の事件に絡んでいる上に日賀野の手先になっていた! なんて知ったら、きっと俺、ショックを受けていると思う。
なんで相談してくれなかったんだという透への怒りと、なんで気付けてやれなかったんだという俺自身への怒りが、きっと入り混じって一つの怒りになっていると思うんだ。
俺自身もそういう経験(未遂だけど)したことあるから、尚更、頭に血が上っていると思う。
だから殴り飛ばして、そして事情を聞くんだ。何があったんだ? どうしたんだ? って。
……こんなことを思っている場合じゃない! 透を探さないと!
俺は話を中断して美術室に入った。
鍵は掛かっていなかった。
昼休み、美術部が此処を使ってるみたいだし、もう掃除の時間だ。鍵が掛かっていなくても不思議じゃない。
俺は透の姿を探した。
小声で透の名前を呼んでみたけど返事は返ってこない。此処にはいないのか?
肩を落として踵返す。と、ワタルさんが美術室奥に向かっていた。首を傾げて後を追う。
「ワタルさん、何を」
「シッ、準備室から声が聞こえる」
人差し指を立てられ俺は口を噤んだ。
美術準備室から確かに声が聞こえる。
先生、じゃなさそうだ。
男子生徒の声が聞こえる。
準備室って生徒立ち入り禁止じゃなかったか? そう思いながら、俺はそっと中を覗き込んだ。
……うわぁあ、いかにも悪そうな生徒がいる。いちゃっている。
髪チャラチャラ、装飾品ジャラジャラ、煙草スパスパしちゃってるよ。
いかにも不良、てカンジ! 先輩かな?
うわっ、しかも携帯でお話している!
携帯は学校に持ってきちゃいけないんだぞ!
……まあ、俺も(不本意ながら)携帯持ってきているけど。
『ああ、倉庫裏だな。すぐ行く。ん? 確かに昼休みはマズったな。けど大丈夫だろ。あいつの大事そうにしてたコレがあるし、何かあれば呼びせばいい』
ドア越しに聞こえる会話。
中の様子を見ていた俺は「あ、」と声を上げた。
静かにしろとワタルさんに目で咎められたけど、俺は構わず不良の手に持っているスケッチブックを指差した。
「あれ。透のスケッチブック。アイツがいつも大事そうに持っているヤツだ」
毎日まいにち、アイツ、スケッチブックに風景やデッサンを描いてるんだよな。
本当はデザイン科のある高校に行きたかったらしいんだけど、親の目や将来のことを考えて行くに行けなかったと言っていた。
ほんとうに美術好きだから、あのスケッチブックに毎日絵を描いているんだ。透が描いた絵を大事にしてるのを俺は知っている。
「なんであの不良が持っているんだろ、って、ワタルさん?!」
隣にいたワタルさんが中に突撃していた。え、たった今まで静かにしろって目で訴えてきたのになんで乗り込んでいるんですか。
電話を終えた不良は突然の襲撃に目を剥いていた。
刹那、悲鳴が聞こえてくる。
俺は思いっきり顔を背けた。勇気を出してチラッと中を覗き込むんだけど、また顔を背けるハメになった……ワタルさんの攻撃、えぐい。
悲鳴が聞こえなくなると、俺はそっと視線を戻しておずおず中に進んだ。先輩不良は床に蹲っている。ワタルさんは準備室の棚を物色し始めた。
そして錐(きり)を数本取り出すと、先輩不良に見せ付けた。
「あっはーっ、センパーイ! この道具、穴開けるヤツなんですけど知ってますかぁー? 先輩が満足する代物だと思うでよんさま」
「お、お前は貫名渉……、あのチビッ、チクリやがったのか?」
「あれれれれん? チビ? なーんのことでしょーかー? 詳しく教えて下さいませんか? そーれとも僕ちゃーんが先輩のためにこれで綺麗に穴を開けてあげましょうか? 全身ピアスが飾れるように。
それとも? お好みならば? 泣いて喜ばせる上に失禁させるような、快感を与えて差し上げます。
きっと満足させてアゲマスヨ。付け加えて言わせてもらうと僕ちゃーん、人の泣きっ面見るの、大好きなんですよぉ。
泣けば泣くほど、顔が引き攣れば引き攣るほど、僕ちゃーん興奮シマース。一度ドウデス? セ、ン、パ、イ」
目を細めて笑うワタルさんに先輩不良も俺も絶句した。
ワタルさん、生粋の鬼畜だ!
ドドドドドドSだ!
やっぱ不良は恐ぇええっ、っつーかワタルさん恐ぇええええ!
んでもってワタルさん味方で良かったぁあああ!
大事なことだからもう一回言わせてもらうけど、ワタルさん味方でほんっとに良かったぁあああ!
半泣きになっている俺を余所に、先輩不良は命乞いをするようにベラベラと喋り始めた――。