本当は、わかっている。

 私も禄朗みたいに、もっともっと素直に気持ちをぶつければいい事なんだ。

 だけど、どうしてだろう。

 伝えたい事はたくさんあるのに。

 とても簡単な事なのに。

 七緒の前だと言葉にならない。

 あの何も考えていなさそうなきょとん顔を見るたび、言いたかった言葉がへなへなとへたってしまう。

「……なんでだろ…」

 と、思わずぽつりと呟いたその時だった。



「………」



 ――見られている。

 普段こういう事にあまり敏感ではない私がはっきりそう思うほど、背後から視線を感じた。

 ごくり、と無意識に喉が鳴る。

 恐る恐る、後ろを向くと――。

「……ん?」

 廊下の遥か遠く、曲がり角からちょこんと顔を出す小柄な女の子。

視力1.5の私の両目がとらえたものは、確かにそれだった。

 女の子は微動だにせず、間違いなくこっちをじっと見つめている。

 しかし。

 ぱち、と驚いた私が瞬きをしたその僅かな間に。

「…あれ」

 女の子は消えていた。

 まるで今までの姿が夢か幻だったかのように、跡形もなく。

 …おいおいおい。

 ぞくり、と背中に冷たいものが。

「心都、何してんの?」

 いつのまにやらかなり先を歩いていた七緒と禄朗が、不審そうな顔で振り返る。

「おっせぇよボサボサー」

 もちろんそんな禄朗の言葉に激怒している余裕はない。

 私、なり振り構わず2人の元まで全力疾走。

「うぉっ。こ、心都――真顔で、しかも無言で走ってこられるとちょっと怖い」

「……七緒」

「ん?」

「幽霊っていると思う?」

「はぁ?」

「私、今…学校の怪談を初体験しちゃったかもしんない」

 七緒が呆れたように目を眇めた。

「…寝ぼけてんの?行かないんなら先戻ってるな」

「先輩さっさと行きまショー」

「ぬぁっ待って!!」

 ここで置いていかれたらたまらない。

 私は必死についていった。

 さっきの事は忘れよう、と自分に言い聞かせながら。



 もちろん、そう簡単に忘れられるはずがなかったのだけれど。