「あ、本人登場」

 美里の声に振り返ると、朝練を終えた七緒が教室に戻ってきた。

 冬だってのに、光る汗が眩しい。七緒の動きにあわせて髪がさらさら揺れて、それがあまりにも綺麗だったもんで、私は思わず自分の寝癖部分をぎゅっと掴んだ。

 やっぱり遅刻してでも直してくるんだった。

 七緒は部活上がりなので今はジャージ姿だ。さっき着替えなきゃお揃いだったのになぁ、とほんの少し悔しい。

「あっちー」

 担いでた鞄と共に七緒が自分の机に放り出したのは、使い古した柔道着。

 七緒は外見に似合わず、小さい頃から習ってる柔道を今でも結構真面目にやっている。実は私も、小4くらいまでは一緒に習ったりしてたんだけど。あんまり楽しくなくてやめてしまった。

「お疲れー」

 私がひらっと手を振ると七緒は、

「おー」

 と言って白い歯を見せて笑った。ご機嫌。本当に心の底から、「楽しかった!」みたいな笑い方。

 いつもの事ながら、七緒がどれだけ柔道が好きなのかを実感させられる瞬間だ。

「聞いてくれよ心都!」

 七緒がきらきらした瞳で言った。

「何?」

「俺、今日練習中に初めて主将を投げれたんだ! 今までずっと投げられっぱなしだったから嬉しくてさっ」

「本当!? 柔道部の主将ってあのでっかい先輩でしょ? すごー!! ちょっと七緒やるじゃん!」

「だろー?」

 屈託ない笑顔。

 私は思わず立ち上がってハイタッチで喜んだ。ぱちん、とキレのいい音。

 恋愛対象として見てもらえない分、こういう時だけは幼馴染みの関係に感謝。

 立ち上がった時に、大して身長差のない七緒の顔が近くにあってドキドキしてしまった事はもちろん秘密だ。

 今はそれよりも、七緒のプチ快挙の方が嬉しいから。