ぼちゃっ、と派手な音と水しぶき。

ナイッシュー七緒☆とか言えるスポーティで爽やかな雰囲気じゃなかった。

七緒がこんな事をするなんて、珍しい。

「あーあ、周りびしょび…」

しょ、まで私が言う間もなく。

電光石火、七緒はヤマザキと取っ組み合いを開始していた。

「え?何してんの…」

呆然とする私の声なんか誰も聞いちゃいない。

「な、んだよっ!!」

突然飛び掛かられたヤマザキは驚きと怒りが3:7くらいで混じりあった顔をしていた。

でも大柄なそいつは中学生と戦っても互角なくらいパワーがあって、強い。

小柄で、当時私と戦ってもいい勝負になるくらい弱かった七緒はあっけなく背負い投げされた。

ダンッ、と床が鳴る。

「…っ」

自分が息を呑む音がこんなにもはっきりと響き渡ったのは、後にも先にもこの時だけだ。

ヤマザキの人を見下すような――っていうか実際七緒を見下ろす格好だったんだけど――威圧的で嫌な顔。

「てめぇ弱いくせに俺に…」

奴が全部言い終わる前に、七緒が弾丸みたいにすっ飛んで行って試合が再開された。

「しつけぇなっ」

また、投げられる。

冷たくて固い道場の床は、そうとう痛いはず。

「何だよてめぇ、いー加減にしろよ!」

ヤマザキの怒号。

でも、七緒は何度も跳ね起きて、飛び掛かっていく。

意味不明なほど、何度も。

「な、七緒…っ止めてよ!!ちょっとホントに…」

七緒のきつく食い縛った歯の間からは何の言葉も発せられない。

ただ、静かに燃えるような目だけが、ヤマザキに向けられていた。

起きて、投げられ。また起きて、投げられ。その繰り返し。

結局私がバケツの汚い水をぶっかけるまで、七緒は11回も投げられた。