その日の当番は、私と七緒ともう1人、大柄な男子。

確か同い年だったそいつの名前は――ヤマザキだったかヤマガミだったか。

とにかく意地悪な奴。

道場で唯一の女子だった私が心の底から気に入らなかったらしく、しょっちゅう嫌な事を言ってきた。

「あーあ杉崎と一緒かよ!」

そいつは私を見るなり顔を歪めわめいた。

「うるさい」

バケツの上で雑巾を絞りながら言い返すと、相手は今にも唾を吐き出しそうな顔をした。

…くそぅ、ムカつく。

七緒は呆れたように、1人床をごしごしやっていた。

先生や他の生徒の気配はもう辺りに感じられない。広い道場の中はしんと静まり返っていて、それがいっそう寒さを体に染み込ませる。

雑巾から滴る水でキンキンに冷やされた指は手からもげそう。

さっさと終わらせたくて、私は夢中で床を擦った。

「おい杉崎ぃ」

さっきから雑巾を振り回すだけで全く掃除をしていなかったヤマザキだかヤマガミだかが、意地の悪い笑みを浮かべた。

「お前女のくせにいつまで道場続けんだよぉ?」

もう何百回もこいつに言われてきたお決まりの台詞だ。

私はまたかとうんざりして返事をしなかった。

黙ったまま、今までより少し強めの力で雑巾をかけた。
そのシカトが逆鱗に触れたらしく、彼は再び大口を開けた。

…ここからが、問題だ。

「―――!」

ヤマザキだかヤマガミ――もう面倒だからヤマザキって事で――は、私に向かって何か吠えた。

でも私はちょうどその時、力いっぱい雑巾を床に擦りつけている最中で、それが発するキュッという甲高い音に気を取られていた。

…まぁ早い話が、聞き取れなかったわけです。

でもヤマザキの「さぁ、泣くか?泣くよな?泣け!」と言わんばかりの勝ち誇った顔を見れば、私にとってかなりよろしくない意味の言葉である事は明らかだった。

「は?聞こえな…」

私が聞き返そうとしたその時。

今まで真面目に掃除をしていた七緒が、その手から数メートル離れた場所にあるバケツめがけて雑巾を投げた。