807号室、KURITA、と品のいい表札がかかっている
隆志がインターホンを押すと、暗い声で「はい」と返事が返ってきた
「すみません、警察の者です」
栗田咲子―美咲の母親―は警察が来るとわかっていたようで、驚きもせず、「待ってください」とドアの鍵を開けた
咲子は40ぐらいだろうが、まだまだ若く見えた
化粧も目立たない程度にしてあり、髪は後ろで束ねていた
隆志と由佳は一応、警察手帳を見せ、「お嬢様の事故の件でお話が」と言った
「どうぞ」
隆志たちが部屋を上がると、シンプルな内装だが、全体的に品がよかった
「やっぱり…父親が輸入家具を取り扱っているらしいから、家具も贅沢ね」
由佳が隆志に咲子に聞こえないように囁いた
咲子はキッチンでお茶を入れ、二人に差し出した
「ありがとうございます」
隆志が頭を下げると、背広から手帳を取り出して、「では、昨日の様子からお聞かせいただけませんか」と言った
咲子は、はい、と言い、ゆっくりと口を開け話し出した
「昨日は…夕方六時ぐらいですかね。
美咲が学校から帰り…そしてしばらくしたら出かけました。
九時ぐらいになっても帰ってこなくて…その内夫が帰ってきて、夫と一緒に美咲を探し始めました。
…でも、結局見つからなくて…こんなことに…」
咲子夫人は目に涙を溜め、近にあったティッシュを取り、目元を拭った
「美咲さんは、行き先を言いましたか」
咲子はティッシュを置き、「いいえ」と頭を振った
「美咲さんはよく非常階段を使ったんですか」
「いいえ。ここに越してから五年ですが…私も、夫も使ったことがありません」
「何故、美咲さんが非常階段で亡くなったのだとお思いですか」
「わかりません…どうしてですか」
咲子から逆に質問されて困った
「さあ…わかりません」
隆志の返事を聞いて、咲子は少し落胆した
「あの…事故、なんでしょうか…やっぱり」
「私達はその方向で捜査をしております」
「ですよね…。でも、どうして娘が非常階段なんかで死んだんでしょう?ここの住民はほとんど使いません。だって、エレベーターだって二つもあるんですよ。おかしいわ…」
それは俺も思った
何故、彼女は非常階段で死んだんだ?