「お姉ちゃん、こっちへ行ってみようよ。」


「そっちではないわ。
確か… もう少し先だったと思うわ。」



場所は鎌倉の鶴岡八幡宮の薄暗くなった境内。

季節はまだ冬の名残を残す三月の初め。

陽が落ちれば気温もぐっと下がってくるから
境内には人影もほとんどいない。

四月になればボタンも見頃を向かえ、
流鏑馬の神事も行われ、
大勢の観光客でごった返す所なのだが、
今は閑散としている。


そして場違いなような2人は、
姉の名前は高見かおる・16歳、
弟は孝史・11歳。

先月初め、母が病死して、
母子家庭だったから2人を引き取る身寄りも無く、
横浜にある養護施設に入所する事になった。

しかし、その急激な環境変化に戸惑いすぎたのか、

それまでは体を動かす事が大好きな
元気少年だった孝史が、
すっかり変わってしまった。

新しい小学校になじめないのか、
いや、変な時期の転入で
友達からいじめに遭うらしく、

1週間もしない内に
無断で休むようになってしまった。

施設の中でも、話をするのは姉のかおるだけ。

そして、そのかおるも、
高校に通っていたが、そこは施設からではかなり遠く、
しばらく待機、と言う不安な毎日だった。

それでも5歳下の弟を案じ… 
母の死の哀しみを口にするまもなく
一ヶ月が過ぎようとしていた。


そして、今朝、2人は
思い切って内緒で施設を出た。

隠し持っていた、
母が貯めていてくれた通帳と少しばかりの現金、
それと最小限の必需品を、

かおるが学校で使っていたスポーツバッグと
孝史のリュックにつめて、

横浜駅から電車で乗り継いで
鎌倉に着いたのが昼前だった。