Snow Princess ~雪の華~


トントン

部屋に居たマリンはノックの音で顔をあげた。


「どうぞ、お入りになって」


ゆっくりと開けられた扉の奥に三人の人影が見える。


一人はこの国の頂点に君臨する人物、己が父シャーマ。
もう一人は父の秘書にして国の右大臣、コーネル。


そしてもう一人──


「?」


もう一人はマリンには見覚えがなかった。
誰だろう、大体の察しはついていたがその疑問が頭に浮かぶ。


「マリン、新しくお前の従者として働くリリアだ。仲良くするようにな」

「ご機嫌麗しゅう、マリン様。リリアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」



父が紹介すると、彼女は丁寧にお辞儀をした。






地味な子。


それがリリアに対するマリンの感想だった。


実際、リリアは飾り立ては一切せず城から支給された使用人用の服を着ている。

いくら使用人服とはいえ城のもの。

多少なりと豪華にできているその服を着ているというよりは服に着られているといった風貌だった。



「今日は初めてなんだ、自己紹介でもして少しでもお互いを知るといい」



顔合わせでは落ち着いていたマリンを見て安堵に胸をなでおろし、シャーマとコーネルは部屋から出て行った。



二人が出て行ってもリリアの表情と体は固いままドアのそばで突っ立っている。

マリンは軽いため息をつき、リリアに声をかけた。



「ねぇ、お茶でも淹れてお話しない?」




リリアの顔はパアと明るくなり、はい!と返事をしてお茶の準備に取り掛かった。





お茶の淹れ方と味はまずまず、お茶菓子のチョイスも合格ね


丁度いい温度に冷めた紅茶をすすりながら、マリンはリリアを観察する。


人をいじめるのが好きなわけではないが次々と女の子が来てやめていく様を見ていることに少し愉快になっていたことは否定できない。


そうするうちに、来る子来る子の手際のよさなどを観察する癖がついていた。
今回もまた同じように目の前でくるくる動く手を見つめ小さくため息をつく。


残念、今のところは非の打ち所がないわ


もしかしたらこの子は初めて長続きするかもしれないわね
この先が楽しみ



クスと笑ったマリンをリリアは不思議そうに見つめた。




その日から、リリアはマリンの世話役として働き始めた。



何だ、言うほど悪い人でもないじゃない



仕事帰り、城の廊下を歩きながらリリアは思った。



何人も辞めたと聞き、長年勤めている使用人たちに脅されて王様にさえも気をつけてくれといわれ、どんな人物かとビクビクしていたが───



立ち居振る舞いは高貴な者そのもの


さすがに王女だけあって人の前となれば迫力がある。

この人に仕えたいと思わせるようなものも、ある。




でも──

リリアは気づいていた。


マリン様は未だ私に自分を見せてくださらない
というより、猫をかぶっているといったほうが正確かもしれない


主人を理解し、いつでも付き従い、サポートする
それが従者の仕事だとリリアは思っていた。


だのに本質を見せてくれないことには主人の癖や欠点をカバーすることができない。


それはつまり失敗であり、マリンにとって辞めさせる口実を作ることとなる。

彼女が若干それを望んでいることはわかっている。
けれどもそれだけは絶対に避けたかった。



未だ私をほかの辞めていった子と同じだと思っているのかしら

私は簡単に辞めていった彼女たちとは違う
簡単にあきらめるわけにはいかないの



──なのに、これじゃ従者として働く意味がないじゃないの


その転機はすぐに訪れた。

家庭教師による授業が終わった時だった。


「ねぇ、リリア。いつも私の勉強を見てるだけで退屈じゃない?」

「え? そ、それは…」

突然の問いリリアは困惑した。
本音を言えば、退屈ではない。

というより、むしろ逆だ。


それどころか大体においてマリンから


これが終わったら何して遊びたいだとか
どんなお菓子が食べたいだとか


そういう希望を満たすためにいつも走り回っているのだ。


「私、ほかの子みたいに学校なんてものに行ったことがないから……誰かと一緒にお勉強するというのがどんな楽しいものか知りたいの」


マリンの目が細く笑った。




「しかしそれではマリン様。
私がいつもご用意いたしますティータイムの準備が整いません。
ほかのご希望があっても間に合いませんよ?」

「それでもいいわ!
だって他の使用人にやらせればいいだけのことじゃない。それに私、そこまで我慢できない子じゃないわ」

リリアはしばし考え込んだ。
あともう一押し、と構えるマリン。


今回マリンの言葉に嘘はなかった。

ここしばらくリリアを見ていて、リリアはマリンの中で心許せる相手となっていた。

もっと仲良くなりたい
だって、友達ができたのなんて初めてなんだから!



マリンがもう一度口を開こうとした時、リリアが顔を上げた。

「わかりました。私もご一緒させてください」

うれしくて、マリンの顔は一人でにほころぶ。
それが初めてリリアにみせた心からの笑み。


その次の日から、二人は一緒に勉強をすることになった。

貴族の勉学といえば――
世の渡り方、ダンス、ピアノやヴァイオリンなどの楽器
国の政について、貴族の家と王家とのつながり、経済学などなど。


庶民には縁のないことばかり。
リリアのはじめこそは戸惑ったものの、すぐにそれらを飲み込んでいった。









しかし──

それもあまりうまくはいかなかった。