――十二月二十日



「藤堂君」



加納さんに呼び止められたのは冬の空気が清んだ満月の夜だった。



「加納さん?どうしたんですかこんな夜に。
伊東先生なら今しがた前川邸へお帰りになりましたよ」


伊東先生は最近よく山南さんと局長の部屋に出入りしている。
そのため住居としている前川邸ではなくこちらの八木邸にいることも少なくないのだ。


「いいえ、今日はあなたに用があってきたのです」



「え?俺に…ですか?」


予想もしていなかったできごとに困惑した。
大体、伊東先生の側近ということ以外ほとんど知らないこの男が俺に用なんて、藪から棒とは正にこの事である。

状況がまだ掴めていない俺にお構いなしに加納は顔を近づけて、こう耳打ちした。



「あなたにしか頼めない事なのです」


「!」



――俺にしか…一体何だ?



その一言で俺の内心は舞い上がっていた。



「一体…何をすればいいんですか?」


この時の俺は加納が不敵に笑ったことなど気がつく余裕などなかった。


「赤城楓を観察していて欲しいのです」


「楓を?!」

「はい。彼女は優秀な隊士ではありますが時に危険な人物にもなり得ます。
ですから、彼女がもし局中法度を犯すようなことがあれば知らせて欲しいのです」


淡々と話す加納に藤堂はやっとの思いで口を挟む。



「つまり…あなたは、楓が邪魔だから機会があれば排除したいということですか?!」


一瞬、身を切るような冷たい風が二人の間を通過した。


「これは僕だけの意思ではありません。伊東先生の意思でもあります」


「!!」


「あなたは伊東先生を人間としても剣士としても尊敬しているはずです」


そうだ。確かに俺は伊東先生を尊敬している。



「ならできるはずです」


伊東先生のためなら。


「伊東先生の障害物を消し去ることも」


先生のためなら…


「藤堂君。これは君にしかできない任務なんだ」


そう。これは俺にしかできない俺だけが必要とされている任務……




「わかりました。やってみます」



この日、煌々と俺を照らす満月がやたらと眩しく感じた。