「山南さん。少しお時間よろしいでしょうか」



障子の向こうで紅い夕日に型どられた人の影が見える。
男性にしては高い声。
神経質かつとても丁寧な言葉使い。

思いあたる人物は一人しかいない。


「伊東参謀ですか。どうぞお入りください」


影が徐々に実体を現す。


「お忙しいところ真に申し訳ありません」


「ははは。そんなに畏まらないでください。こちらが緊張してしまいます」


書を書いていた筆を止めて入室した伊東参謀に視線を移す。



「藤堂君に聞きました。山南総長も北辰一刀流を修めていたのですね」


彼はすっと机越しに座り、人当たりの良さそうな笑みを向けてきた。


「ええ、私が道場に通っていた頃でもあなたの噂は耳に入っていました。
伊東道場を継いだと聞いていましたが…新撰組に入隊する事を知って驚きましたよ」


半紙と硯(すずり)を机の下にしまい、同門の間で噂になっていた伊東さんの姿を初めてじっくりと観察した。


「噂だなんて…そんな大した人間っはないのに」


満更でもないという心の内が滲み出ている。それを見てふっと昔の私を見ているようだと思った。

自信に満ちた態度。

失敗をしたことがない者の生き生きとした目。


「そんなご謙遜なさらないでください」


表面上では笑っているが、心の中では彼を哀れんでいた。