立ち去ろうとする、
その背中に言った。
「あの……まぁ、ありがとう…。」
何に対しての「ありがとう」なのか、自分でも分からない。
自然と口をついて出た言葉だった。
本宮貴一郎は振り返ることはなかったが、
立ち止まって言った。
「…大した事がなくて良かった。」
それだけ言うと、慌ただしく病室を出ていった。
そんな様子を見つめていた観月さんは、嗚咽を繰り返している。
私は、思わず笑ってしまう。
初めての父親との対面は、お互い言葉少ない。
私とあの人が歩み寄るには、きっとまだまだ時間が必要だ。
“お父さん”と呼べるのなんて、ずっとずっと先の話。
それでも、私の中に降り積もっていた雪が溶けていく。
やっと、一歩踏み出せたのかもしれない。