「いいよ、もちろん」

稲葉くんが、座ったまま私の目の前に手を差し出してきた。
私は感動のあまり、そこが教室の中だってことも考えずに、稲葉くんの手をつかみ返す。

「よろしくお願いしますっ」

「こちらこそ、よろしく」


これで、夢にまで見たバンドが組めて、楽しい高校生活が始まるはずだった。


ううん。
実際に、そう。
しばらくの間、私は、初めてのバンドに夢中になって毎日のように練習を繰り返した。



元々稲葉くんが中学時代に組んでいたバンドにはキーボードが居なかったので、私はそのバンドに入れてもらう形になった。

つまり、初心者は私だけ。

だから、私は来る日も来る日も一生懸命に練習を重ねた。


四人の男兄弟の中で過ごしたせいか、私以外のバンドメンバーが全員男子であることにも、あまり気を止めることもなく――。


ただ、ひたすらに音楽に夢中になっていた。


そう、あの日までは。