「凜」

こみあげる涙を堪えて出した声は意外にしっかりと出て、俺は少し安心した。

「ありがとう、凜」

見つめる凜の顔が少しぼやけたと思ったら、急にはっきりと写る。
涙が零れたと分かったのは、凜が麻痺の進む右手で拭ってくれたから。

「ねぇ颯太」

俺の涙を拭う手がいつまでも頬にあったから、思わず握った。
出会ってから時間はたったけど、触れたのは初めてだった。
凜の手は、あの日りんごから伝わったぬくもりより遥かに温かくて。

「ねぇ、覚えといてくれる?忘れないでいてくれる?」

私のこと、と、凜がまた深く笑う。
握る手の中で凜の指がわずかに動いた。

「……忘れない」

あの日の凜の音。
この手のぬくもり。
高めの声。
笑顔。
涙を我慢することはできなくて、目を開けてられなくなった俺に、消え入りそうな声で凜がありがとうと言った。