恵理子はシートベルトを外し足元に置いたカバンを持つと、イルカショーの後に土産ショップで買ったストラップを思い出しカバンから出した

「コレあげます 今日のお礼です」
「何??開けていい?」

「大したもんじゃないですよ」

少し照れながら、一日楽しかったことを思い出して満面の笑みを小柳に見せる

そんな恵理子の笑顔が小柳の心をくすぐる

小袋を開けるとスラップを手にした小柳

「カッコいいじゃん ホイッスル付きってプールサイドみたいだな」
「そぉなんです コーチのイメージに合うなって思って・・・」

「サンキュー」

礼をいいながらポケットから携帯を出して、さっそくストラップをつける

その横で恵理子は膝に置いていた上着を羽織っていた

帰り支度ができた恵理子が小柳の方を見ると、さっきまでとは違った悪戯顔の小柳

「恵理子?楽しかった?」
「はい とっても 誘ってくださってありがとうございました」

「おう また行こうな」
「はい」

プールサイドでみる笑顔の何倍も可愛い恵理子の笑顔

小柳は別れを惜しんでいた
「本当に今日はありがとうございました また明日」

小柳は会話が途切れたところで最後にもう一度お礼を行って車を降りようとする恵理子の腕を掴んで抱き寄せる

一瞬のことに恵理子は呆然とし気付いたときには小柳の腕の中にいた

「今日一日、コーチって呼ぶなって言ったろ」
「あっ・・・」

抱きしめられた耳元で小柳が低く寂しそうに呟いた言葉に恵理子は返す言葉が出ない

「罰ゲームな」
「えっ・・・なに・・・」

恵理子が罰ゲームの正体を聞こうとするより早く恵理子の口は小柳に塞がれていた
「チュッ・・・んっ・・・アッ・・・」

離れようとする手とは裏腹に気持ちが高ぶる恵理子

頭と腰に手を回され離れられない

まさかこんな姿を村井が見ているとも知らずに恵理子は小柳のキスに飲み込まれる

「ハァッ・・・アッ・・・ンッ・・・」

興奮と心臓の騒がしさに恵理子が空気を求めるように口を開ければ、小柳の舌が恵理子の口の中をまさぐる

恵理子は呼吸をするだけで必死

虚ろになっていく目が、余計に小柳を誘っているとも知らずに・・・

暫くして力の抜けた恵理子から口を離した小柳は、震える恵理子を抱きしめ理性を抑える

その腕の中で、まだ整いきらない呼吸の恵理子は小柳の胸を押し助手席の窓際に体を逃がす

「なんでこんなこと・・・」

苦しさで潤む恵理子の涙に、小柳は堪えようとしていた理性が飛びそうになる

「遊園地は初めてでも、キスは初めてじゃないんだな」
「なっ・・・」

「これ以上ここにいると襲うぞ 早く帰れ」
「・・・」

恵理子を突き放すつもりで冷たく放たれた言葉に、恵理子は絶句し無言のまま車を降り一目散に寮に入った
管理棟の横の駐車場に車を止め暫く・・・諦めかけた頃に見たことのある車が道路脇に止まった

薄暗い中、助手席に眠るのがリコだと分かる

そしてその車を運転するのが小柳だということもスグに分かる

村井は車を降りてリコを迎え行きたかったが勇気が出なかった

リコが降りてくるのを待つが、どうやら寝ているようだ

疲れているだけか、発作じゃないよな・・・そんな不安が過る

暫くしてリコが上着を羽織って降りてくるのかと思いきや、抱き合いキスする2人・・・

村井の頭の中は真っ白

昨日見た写真に続いてキスシーン・・・衝撃的過ぎて動けなかった

助手席のドアが開いてリコが降りてくる気配がすると、村井はとっさにハンドルに顔を伏せていた

結局、リコの顔を見ることも声をかけることすらできず寮をあとにした
部屋に戻った恵理子は、大好きな彼氏がいながら小柳とキスしてしまったこと、そんなキスに気持ちが高ぶりかけたこと、そして何より小柳が最後に言った嘲笑するような言葉に心痛め、頭を抱えた

点呼の時間、廊下に出ると夕方村井が恵理子を訪ねて来ていたことを知らされる

何だろう・・・

ヤッパリ昨日あんなこと言ったから気にして来てくれたのかな・・・

そんな思いで携帯を開くと短縮に登録したムラを呼び出す

プルプルプルッ・・・プルプルプルッ・・・プルプルプルッ・・・

なかなか出ない

留守電にもならない

仕方なく電話を切りメールを送る

”夕方来てくれてたのに出かけててゴメンなさい あと昨日言い過ぎた ゴメンなさい”

電話に出れないくらい忙しいのだから、スグには返事は来ない
自宅に戻った村井はリコと小柳のキスシーンが頭から離れず熱いシャワーを浴びる

何もする気が起きずベッドに横になっていると携帯が鳴る

ディスプレイにはリコの笑顔

思い出したくないキスシーンが、ディスプレイに写るリコの笑顔と重なり受話器を押せない

暫くなり続けた後、鳴り止むとメールがくる

読んでも返事をする気もなれずそのまま放置すると悪夢に魘され夜が明ける
2.危機到来

休みが明け学校へ行くが恵理子は気分も体調も優れない

バーベキューの日、炭酸飲料を飲んで苦しくなったこと

その翌日、ムラと喧嘩して逃げるように走り苦しくなったこと

そしてその翌日、観覧車に興奮して苦しくなったこと

3日連続で恵理子は苦しくなり、その度に頓服薬を飲んだ

頓服薬は五日分しか処方されていない

飲みきる前に診察に来るようにっと言われている

しかも飲んだらムラにその状況を報告するよう言われている

が、色んなことが重なりすぎて言えてない

言わなくちゃ・・・そぉ思いながら授業中も集中できずにいた
放課後、いつも通りプールサイドに行くと未だ小柳の姿は無かった

「をぉっ恵理子!昨日は楽しかったな」

先輩がニヤニヤしながら言ってきたかと思うと、肩に腕を回して顔を覗きこむ

「あれから春さんに襲われたりしなかった?」
「・・・」

唐突な質問に恵理子は昨日のキスを思い出し固まった

否定の言葉も出せずにいると、重くのしかかった先輩の腕が急に軽くなった

「お前と一緒にすんな 何もしてねぇよ なぁ恵理子?」

先輩と2人で振り返れば、いつもの小柳がそこにいて恵理子に同意を求める

「あっ・・・はい・・・」
「恵理子、あっちでマネージャーが手伝って欲しそうにしてたぞ」

「はい」

小柳の立ち去れと言わんばかりの言葉に恵理子は部室へ行く

マネージャーと練習の準備をして選手がプールに入ると、雰囲気が一変する

激を飛ばす小柳の目は厳しく、泳ぐ先輩の目も真剣だ
練習が終わったプールサイド

恵理子は1人、水面を見つめていた

水面に反射する光は、恵理子の心の寂しさを象徴するかのように暗くなりかけていた

鍵を閉めにきた小柳の気配にも気付かず・・・

横をみれば小柳が不思議そうな顔でコッチを見ていた

「どぉした?プール見つめて黄昏て・・・何かあったか?」

昨日のことなど何もなかったかのように言う小柳

「何でもありません」

目線を逸らして返し、横を通りすがれば腕を掴まれる

夢から覚めて

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