午前中の診察が終わり静かになった頃、平田は恵理子のカルテを持って村井の診察室へ行った

「村井君?少しいい?」
「はい」

午前中の診察が終わり、カルテ整理も一区切りついただろう村井は机に肘をつき休んでいた

そんな村井の診察室に平田は入るなり、恵理子のカルテを広げて叩きつけた

カルテには、ついさっき平田が診察した恵理子の状態と処置が記載されていた

広げられたカルテの名前と状態・処置の日付を見て村井は驚愕した

「これ・・・どぉいうことですか?」

無責任な村井の言葉に、平田は冷静を装いながらも低い声で問い返した

「俺が聞きたい 何故こんな状態になるまで放置した?」
「・・・」

「警告したよな 恵理子ちゃんの体調には十分気を使えと・・・」
「はい・・・」
村井はカルテに記載された内容を何度も読み返し、そして恵理子の体調が気になりつつも自分の気遣いが足りなかったことを悔やんだ

「リコは今どこに??会わせてください」

医者の目を失いかけた村井が、リコを心配して会いたいと懇願するが、平田は許さなかった

「もぉ村井君に恵理子ちゃんは任せられない」
「・・・」

いつもの穏やかな平田の声とは一変して、低く怒りを堪えるような声に村井は反論できなかった

診察室を出て、自分の診察室に戻る平田の背中を村井はただ見つめることしかできなかった
「恵理子ちゃん、少し楽になった?」

ベッドに横になり、壁の方を向いて痛み止めの筋肉注射を打った肩を辛そうに摩る恵理子

注射と酸素マスクで呼吸は楽になり落ち着いていた

「まだ痛い・・・」

責めるように注射した部位のことを言う恵理子

「筋肉注射は痛いよね でもシッカリ揉んでね あとでもっと痛くなると辛いから」
「・・・」

自分の痛みに耐えて揉む恵理子の手をどけ平田が注射部位を揉むと顔を歪めて痛みに耐える

「痛いよね?」
「うん」

「ごめんな」
「謝るならしなきゃいいのに・・・」

筋肉注射のあと必ず口にする愚痴

平田は微笑んで宥めるように、でもシッカリ注射部位を揉みほぐす

暫くして泣き寝入りした恵理子を見つめているとドアをノックする音がした

恵理子が眠るベッドのカーテンを閉め、ドアを少し開けると村井が立っていた

「何の用だ?」
「リコいるんですよね?会わせてください」

「・・・」

YesともNoとも言わず、ドアを開けようとしない平田に、村井は”お願いです”っと頭を下げ懇願した

「今は寝てる 恵理子ちゃんが会いたいって言ったら考えてやる」
「・・・リコ・・・」

呟いた言葉は無常にもドアの閉まる音に消された
一眠りした恵理子は気分もスッカリよくなり目覚めた

「回復した?」
「うん」

「良かった もぉ無茶したらダメだよ」
「うん」

・・・

顔色はもどったものの、どこか気分の晴れない感じの恵理子

「村井先生、隣の診察室にいるよ 会ってく?」

っと聞けば恵理子は一層沈んだ表情をした

「喧嘩でもした?」
「・・・」

リコは何も言わなかった

リコが口を噤むと暫くは開かない

平田は話を逸らした

「暫く入院ね 部屋用意できてるから、起きれるようなら病棟に移動しよう」
「入院・・・」

「ここまで無理しちゃったんだから仕方ないよね」
「・・・」

何か不安を抱えるような目を平田から逸らして隠すと、リコは起き上がった

「移動できそう?」
「うん」
病棟に上がるとリコは平田に言われるまでも無く布団に入った

「まだ眠い?」
「・・・1人になりたい」

リコが1人になりたいと言うときは決まって隠し事がある

そして1人で抱え込むときだ

「話し聞くよ」
「いい・・・一人にして」

「そぉか・・・」

平田は予想通りのリコの返事に、リコの頭を撫でてから部屋を出た
1人になったリコはムラのことを考えていた

ムラと最後にあった日のことを・・・

考えれば考えるほど、自分の発した言葉を悔やんだ

昼も夜もリコの頭はムラのことでイッパイだった

悔やんでも返ってこない幸せだった時間・・・

リコは入院すれば、すぐにムラが来てくれるものと思っていた

が、現実はムラが顔を出すことも無ければ平田は回診の時にしか来ない

1人の寂しさに潰されそうになっていた

リコが入院して3日が過ぎた

リコの体調は何とか回復に向かっているものの、気持ちはさえることなく平田が回診に行くたびに窓辺の椅子に座って遠くを見つめている

「恵理子ちゃん 何か見える?」
「・・・」

平田の呼びかけに応えることなく、無言でベッドに戻って回診を受ける毎日