「笹本、勤務時間はもう始まってるぞ」



「部長!」



固まって動けないあたしの変わりに頬を染めて応えるのは梨華。



この前は、部長のことあんまり良く言ってなかったくせに、話し掛けられるとすぐこれだ。



部長が話し掛けて下さるなんて珍しいですねっ、なんて、語尾にハートマークがつきそうな勢いで喜々としてしゃべっている。



その声は、心なしかワントーン高い。



「ささも……」



「はい、すいません!今からやりますっ」



すぐそばで聞こえる部長の声に、否応なしに反応してしまう身体。



あたしの名前を呼ぶ前に、彼の方を見ないまま自分のデスクにつく。



そして、あくまで上司に叱られて慌てる部下を演じる。



だけどそんなの当然嘘。



内心はひやひやしている。



部長が昨日のことを話さないかとか、どんな目であたしを見ているのだろうとか。



とにかく、パニックを起こさないうちに部長を視界から外さなければと思った。