「まあ、今日は報告があるんだけどな」

「報告?」

「ガキができた」

瞬間、恭子はグラスを落とした。突然何を言いだすのだこの男は。

「じゃあ、再婚するのか?」

「同棲はするけど籍はいれねぇよ」

「無責任だな」

けらけらと白郎は笑う。恭子は冷ややかな目を向けるが、それでも笑顔は崩れなかった。

「ずっと山で育ってきた生粋の雪女に戸籍もくそもねぇだろ」

「なっ!」

グラスを落とすどころじゃなくなった。ばっと前のめりになり、何を言い出すのだという目で睨みつけた。貴様は何をしてくれたのだと口ではなく目で語る。

「貴様はバカか!? 妖怪と人が……交わっていいものか!」

「いいんだよ。惚れたら妖怪だか人間だか関係ねぇんだから」

くさいセリフを真顔で白郎は言ってのけた。恭子の剣幕は、さめる気配がない。

「しかし!」

「人間は簡単に死ぬ」

続きは容易に想定でき、その言葉を白郎は先に出しておいた。知っておきながらと、さらに怒りを大きくする恭子の顔は真っ赤に染まっていた。

「けど、人間は想いを受け継ぐことができる」

「……想い?」

恭子は首をかしげる。白郎が何を言いたいのかが分からなった。

「ああ。人は儚い。だからこそ想いを大切にし、受け継ぐことができる。
 
 俺が死んだとしても俺と同じ想いを秀明や、これから生まれるガキに受け継がれる」

白郎は笑う。恭子は勢いを失い、ただ白郎を見つめていた。自分の悩んでいたことにこいつはこんなにも簡単に答えを出してしまう。すこし悔しく思う。

「俺の想いは消えねぇよ。だから安心しとけ。何百年経っても俺の血はお前の近くだ」

「……信じていいのだな」

「信じろ。お前は一人じゃねぇよ。俺の想いが受け継がれる限りはな」

ほほ笑む白郎に対して、恭子は存在を消した。
このままここにいることを見られたくないからだ。安堵の気持ちで泣くような自分の姿を目の前の男に見られたくはないのだ。

ぐいっと白郎はビールを飲み干し、会計を済ませて帰っていった。