白郎はバツ一だ。秀明が産まれてしばらくして妻は陰陽師の家に耐えかねて家を出た。
それいらい父子家庭の母親代わりとしてちょくちょく恭子は連れ添っていた。

人間とここまで深く接したことはなく、恭子の胸の内には複雑な思いもあった。
関われば関わるほど深みにはまる。妖怪と人間は本来は連れ添わない相容れない存在。

光の住人である人間と、闇の住人である妖怪がこうして共にいることは許されないと恭子は考えていた。だから人間と深くまで関わることを避けてきたというのに、
白郎と出会ってからは翻弄されてきた。

よくわからない人間。興味を惹きつけられ、その魅力に惹かれ、
すぐにでも白郎と友人になってしまった。

恋をしたこともある。だがその思いは諦めている。
人はいずれ死ぬからだ。


「飲みにきた」

居酒屋の閉店時間に、白郎はやってきた。閉店後の客に烏丸はひどく顔をしかめるが、
恭子は彼を招き入れ、カウンターに座らせた。

「今度からは閉店時間を守ってくれ」

「かたいこと言うなよ。俺と恭子の仲だろ」

へらへらと笑う白郎。どこか様子がおかしいが、ひとまずは放っておいた。

「……注文は」

「ビール。あと妖酒『紅桜』も」

「? その酒は人間が飲むものじゃない」

「お前のぶん。一緒に飲んでくれよ。たまーに誰かと飲みたくなる時もあんだよ」

少し、迷った。
この男と飲んで、話をしていたら、ますます自分は深みにはまる。
妖怪と人間は交わってはいけない存在。それなのに、この男との親しい関係にはまる。


「……今回だけだ」

今回だけ。そう固く決めた。
近いうちに目の前の男との関係を切らなければならない。
その前の一つの思い出として飲んでおこう。そう思い、白郎の誘いに乗った。