「俺の様な父親、あいつには必要ないのかもな」

冬矢が後を追って出て行ったあと、秀明はぼそりと呟いた。その言葉に、大きく洋子は目を見開き、その手は音を立てて彼の頬をはたいた。

「鈍いにもほどがあります! どうして陽のことを分かろうとしないんですか!」

一発のビンタを秀明はよけなかった。紅くなる頬を抑え、それでもどこか遠くを見て、洋子の言葉に少しも意識を向けない。

「陽は、ずっとずっと秀明さんの事好きなのに! 好きだから、あんなにも怒ったのに。飛び出したのだって、貴方に追ってほしかったんですよ!」

どんなに声を荒げても、秀明は何も言わなかった。ただ無表情でそこにいた。
肩で息をしていた洋子も、少し落ち着きだした。こちらも落ち着かなければ、ろくに話も進まないと気付いたからだ。

「陽、あまり布団で寝た事ないそうです。だいたい寝るのは机に寝そべって……
 毎日毎日、秀明さんを待っていて床にはほとんどつかない」

「……」

秀明の帰りを、陽は待っていた。それは秀明にも心当たりはあった。陽が布団を敷いてこそはいるが、そこで眠っている姿を、見たことがない。

「あたりまえだと思っていませんか? 家が綺麗な事、毎日清潔な服を着れていること。全部、陽がやっています。誰に教えられるでもなく、陽は家事をやっています」

「……!」

洋子は続ける。陽が陰でやっていたこと。恥ずかしいからと陽は伏せていた。
秀明は、それを聞いてようやくそのことに気付いた。

「全部、理由があるんですよ。秀明さんのことが、好きだからです。
 一度でもあの子の顔をちゃんと見ましたか? ちゃんと笑いかけましたか?
 ちゃんと手を握りましたか? ちゃんと抱き締めましたか?」

「…………」

秀明は自分の手を見つめる。陽のことを、自分は見ていただろうか。
自分は何を見ていたのか。ようやく、そのことに気づけた。

今まで、何も気づいていなかった。

「俺は……俺は……っ」

手が次第に震える。脳裏に陽の顔が浮かぶ。笑顔を、見たのはいつだろう。
いつだって陽は怒ってた。泣いていた。笑わなかった。
自分をほったらかしにしている父親を嫌っていると疑わなかった。

最低な父親を好きだと、思わなかった。