「マキがかたまっちゃった」


その言葉に揺り起こされて、アタシは前田さんの目を見直す

少しネクタイをゆるめた彼が、その手をアタシに伸ばして髪にやんわりと指先が触れた


「この仕事に不釣合いなほどピュアで、自分を飾らないから、僕はとりこになっちゃうんだよ」


アタシはそういう彼の顔を穴があくほど見つめた


前田さんは目をほそめて笑うと、「かわいい」……そういってアタシの鼻先を指でつっついた


恋人同士のような空気がまわりにぽわんと立ち込めてくる

優しくて、ものすごく安心するのに……

何故かこのタイミングで


“俺のそばで、俺の機嫌だけとってろ”


かずまの言葉が脳に絡み付いてきて……


アタシは前田さんからスッと視線をそらすと、横に立つシルバーのパンプスに気がついた


ちづるさんが相変わらずの大声でアタシ達の向かいの椅子に座る

「前田さん、マジで口説きすぎーーー!」

笑い声が店内に響く

そして、前田さんのグラスをさっと取ってまわりについた水滴をおしぼりで拭い取る


……しまった、すっかり惚けて、仕事してない


「マキも、口説き文句に酔いすぎでしょ~」

「ご、ごめんなさい……!」

ちづるさんのニヤニヤした冷やかしにアタシは顔が熱くなって手でパタパタとあおいだ

再びグラスを差し出した時、前田さんの携帯電話が鳴って彼は中座した



すかさずちづるさんがアタシに顔をちかづける


「かずまが、不機嫌」

「え?」


ちづるさんが目でかずまの方を示す

……というか、アタシ達のことに気づいていたんだという驚きで目を丸くしてちづるさんを見返した