『たいちゃんのみょーじってなに?』
夕方の公園
あたしの頭のずっーと上にはお月様があたしたちをみている。
『ぼくのみょーじ?』
『うん。たいちゃんのみょーじ』
あたしたちはブランコに乗りながらおしゃべりをしていた。
『うんとね…。ゆーきだよ?』
結城太一 (ゆうきたいち)
これがたいちゃんの名前だ。
『ゆーき?』
『うん。ゆーき。ゆーきたいち』
たいちゃんが満面の笑みで言う。
あたしはお月様を見ながら呟いた。
『たいちゃん?』
『なに?』
たいちゃんがまっすぐな瞳であたしを見つめてくる。
『ちかがおっきくなったら…』
『たいちゃんと同じみょーじになりたいな』
まだまだ小さい子供だけど…
いっちょ前にそんな事を言っているあたし。
『同じみょーじって?』
たいちゃんは理解できていないようだ。
『ママが言ってたんだけど…。結婚ちゅるとね、みょーじ同じになるんだって』
たいちゃんは首を傾げてる。
『だからちかがおっきくなったらたいちゃんと結婚したい』
たいちゃんがブランコから降りてあたしの目の前にきた。
『たいちゃん?』
不思議そうにたいちゃんを見るあたし。
『ちかちゃん』
『なあに?』
『おっきくなったらぼくと結婚してください!』
そう言ってたいちゃんはあたしに右手を差し出した。
あたしは嬉しくて
嬉しくて
飛びまわった。
『するする〜。たいちゃんのお嫁さんになるぅー』
たいちゃんの右手をブンブン上下にふる。
『ちかちゃん』
たいちゃんとあたしが向き合った。
だんだんと近づいてくるたいちゃんの顔。
新井千佳 (あらいちか)
産まれて初めてのキス。
あたしのファーストキスは…
たいちゃんだょ――…
「ちーか」
「た、たいちゃん」
「なに?」
「ちょ、ちょ…」
「うん?」
「ち、ちかぁぁあーい!!」
あたしはたいちゃんを突き飛ばした。
うわっと声をあげながら床に倒れたたいちゃん。
「いってぇ〜。突き飛ばすことないべ」
たいちゃんが拗ねた顔をしている。
「だ、だだ、だって…」
さっきたいちゃんの顔…
めっちゃ近かったんだもん!!
あの距離…
キスできちゃいそうだったもん…
多分たいちゃんはあたしのこんな気持ちを知らない。
だから
あんなに近づいてくるんだ。
「まぁ、帰ろーぜ?」
「う…うん」
あたしとたいちゃんは
幼なじみ
友達以上だけど恋人ではない。
あたしたちはずっとずっーと一緒にいた。
産まれててからこの15年間。
たいちゃんと離れた事なんかなかったし…。
だからだんだんたいちゃんの大切さが分からなくなってくるんだ。
「なあ?千佳?」
「ふぇっ?」
考え事をしていたあたしは間抜けな声を出してしまった。
「変な声」
たいちゃんはそう言って馬鹿にしているように笑った。
「ひっどーい」
たいちゃんの肩を殴ろうとした時、不意にたいちゃんの手にとめられた。
前は全然小さかった手も
あたしより低かった背も
女の子みたいに高かった声も
今のたいちゃんにはない。
あるのは
あたしの2倍くらいの大きい手。
あたしの頭2個分ぐらい高い背。
あたしの声よりずっとずっと低い声。
あたしとたいちゃんではこんなにも違いができちゃったんだ。
あたしは子供のころから変わらない。
背だってあまり高くないし
声だってまだ甘ったるいし
小学生と同じくらいの手だし
なのにたいちゃんはたくさん変わっちゃったんだよ。
あたしよりもずっと大人になっちゃった。
かっこよくなっちゃった――…。
たいちゃん
待ってよ 待ってよ
ゆっくり進んでいきたいのに…。
あたしだけ
置いてけぼり