「980円です」
レジのおばちゃん…いや、お姉さんがお得意の営業スマイルでそう言った。
…セーフ。
漱石の代わりに、二枚の十円玉が、俺の財布に戻った。
□□
もう本格的に、暗くなろうとしていた。
ゆったりしていた行きとは違い、追われるように自然と早足になる。
…早く、帰らないと。
母さんが目を覚ます前に。
…自分の心に似た、真っ黒な暗闇に取り囲まれる前に。
影が色濃さを増す。
急ぎ足の俺の前方に、少し虚ろな人影が現れた。
─片手にタバコ。
─もう片方の手に握られた携帯に向かって、何やら叫んでいる。
″八田工業のヤツか″
腰より低めの位置に派手なベルトで、制服のズボンがとめられている。
その制服の端を道にするようにして、だんだんと俺に近づいていた。
…一体何を叫んでいるのか、キンキンした声が頭に響く。
俺は目線を下に向けたまま、その『叫び男』とすれ違おうとした。
─その時。
「──っ!!」
ドスッという音と同時に体に鈍い振動が走った。