そしてきっと母親も、同じような気持ちを抱えていただろう。
だけど、彼女は大人だった。
耐える、ということを身につけていた。
父の日々がビデオの繰り返しであったように、母と僕の生活も単調を貫いていた。
ろくに会話もない、家族という記号で結ばれただけの空間で。
そして――
繰り返される彼女の“ビデオ”は、
しだいにすり切れ、劣化し、
ついにはノイズを発生させた。
『もとはと言えばあなたの浮気が原因じゃない!』
後にも先にも、母親のあんな怒鳴り声を聞いたのは、この時だけなんじゃないかと思う。
母は憤死せんばかりの形相で立ち上がり、
手元にあった湯飲みを怒りの対象に投げつけた。
空飛ぶ凶器と化した湯飲みは、父のこめかみ辺りをすり抜け、
背後のテレビ棚に衝突し、派手な音を立てた。