「……けどね、
私、そんなつまんない話にも愛想笑いしてあげるの。
そうなんですよ、ミドリのくせに変ですよねえって、
おかしくもないのに笑ってあげるの」


「うん」


「この長い髪もね、ほんとはばっさり切りたいんだ。
けどあいつがロングヘアーが好きだから、切らないの」


ミドリはタバコを灰皿におしつけ、

そしてその細い指先の、つややかな赤を見つめた。


「結局さあ、私は私自身を生きたことなんか、ただの一度もないんだよ。
自由に憧れて東京に来て、縛られたくないから就職はしなくて
――なのにこんなにも私は不自由で」


「……」


「私がきちんと呼吸できる場所なんか、
“この世界”に存在するのかしら」


ミドリの体重を右肩に感じながら、僕はもう一度窓の外を見た。


大声をはり上げ、酔いつぶれ、あてもなくさまよう人間たちが

あいかわらずそこにいた。


見飽きるくらいに見慣れた、都会の夜。



けれどもうじき東の空から太陽が顔を出し、
そしてすべてを平等に照らすだろう。


そのときにやっと、僕らは眠れるのかもしれない。


そう思った。






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