叔父はお墓の前に座ると、ぎこちない仕草でお線香をあげた。
年をとって小さくなった彼の肩に、雪が積もる。
「久しぶりに来てみたんだ」
叔父が言った。
「あいつの命日は、春なのにな。
どうも雪の日になると思い出してしまう」
「……俺もです」
叔父の言っていることが、僕にはとてもよく分かる気がした。
彼は背中を向けたままつぶやいた。
「あの日は――4月だけど春じゃなかった。
肌寒くて、心細くて、まるで春を待つ一日のようだったな」
僕はそっと手のひらを広げてみた。
粉雪が降り落ちて、体温で溶けた。
20年前のあの日、春の東京は雪を降らせた。
街中の恋人たちがその奇跡に酔いしれる中、
桜子はひとり、逝ってしまった。
彼女が息を引きとってから火葬場までの記憶が、僕はすっぽりと抜け落ちている。
あるいは、そのときの僕は何も見ず、何も感じず、
桜子と一緒に死んでいたのかもしれない。
けれど火葬場で棺のふたが開けられて、最期の別れを告げたとき、
僕は恐ろしい現実に引き戻されたのだ。
そこにいたのは確かに桜子だった。
いつも僕のとなりで眠っていた桜子の顔だった。
見慣れたはずの彼女の寝顔は花に埋もれ、
そして灰になった。