朝、顔を洗うときの水の冷たさが、少し和らいできたことにふと気づく。
空から降ってくるうららかな日差し。
目に映るすべての色がどこかやさしくて、冬が去ったことをを告げている。
カレンダーはいつの間にか3月の半ばになっていた。
「じゃ、そろそろ行こうか」
僕は玄関の扉を開けて、桜子の方を振り返った。
彼女は玄関にしゃがみこみ、靴を履こうとしているところだった。
「あれ……」
「どうした?」
「なんか、ちょっと靴がきついかも」
桜子はかかとの辺りを確認しながら、強引に足を突っ込んだ。
「おいおい、妊婦だからってあんまり太るなよ?」
「失礼ね。平気ですよー」
あっかんべーの顔をして、彼女は勢いよく立ち上がる。
「さ、行こっ」
今日は桜子の、産婦人科の検診日だ。
僕も時間が許すかぎり、病院には一緒に行くようにしている。
家からは少しだけ遠いけれど、僕らは相談の結果、義広のお父さんの病院で産むことに決めた。
なんせ初めてのことだから、少しでも知り合いがいる環境の方が心強い。