桜子は思いつめた表情で下を向いて、小刻みに肩を震わせた。


彼女にとっては酷な話だった。

本当の父親からは存在すら認められず、ただの一度も会えぬまま捨てられたのだから。


「桜子、大丈夫?」


彼女はうつむいたまま首を振った。


「違うの。私……」

「え?」

「すごく悲しいのに……だけど、嬉しいの」


桜子が顔を上げた。

涙をいっぱいにためた瞳で僕を見て、そして突然抱きついた。


「よかった。私たち、本当に血が繋がってなかったんだね」


彼女の涙がじんわりと僕の肩を濡らす。


「私たち、好きでいてもいいんだよね」

「……うん」


震える背中に腕をまわすと、猫っ毛が僕の指にやわらかく絡んだ。



好きな人を、好きでいられる。

一見当たり前のこと。


だけど僕らにとってはそうじゃなかった。


当たり前の幸せなんか、本当はどこにもないんだ。



「実はね、後日談があるんです」

秋山さんが言った。