後悔していた。
どうして早朝の電話なんかに出てしまったんだろう、と。
「場所は分かるよな?
お前が子供のころ住んでいた、あの長屋の近くの総合病院だから」
受話器から聞こえる、数年ぶりの叔父の声が、空々しく耳をかすめていく。
現実味がない、と思った。
起きぬけの、もやがかかった頭と
まだ薄暗い窓の外、
そして、叔父が早口でまくし立てる言葉も。
「けど、叔父さん――」
僕は言った。
「――そこに僕が行く意味、あるんでしょうか?」
「意味?」
「ええ。いくら父が危篤だからって……、
もう親子でも何でもない、10年以上も会っていない人のために」
電話口に沈黙が流れる。
言葉をさがして視線をおよがす叔父の姿が、容易に想像できた。
僕は受話器を持ったまま黙っていた。
背中から肩にかけて、鳥肌が立っている。
そろそろ梅雨も明ける季節だというのに、太陽の見えないこの時間帯は、少し肌寒かった。