彼女が遠くを指差した。
僕はその方向を見やり、ふいに泣きそうになった。
「まるで――咲いてるみたいだね」
葉の落ちつくした木のまわりを、雪が舞っている。
真冬の枯れ木にやさしく灯る白雪。
それはまるで、季節外れに取り残された、満開の桜みたいだった。
桜子をつれて家に帰り、その足で僕は職場へと向かった。
気持ちの整理がまだつかなくて、正直仕事どころじゃない。
けれど、休むわけにもいかなかった。
重い気分で店の扉を開けると、すでに数人のコンパニオンたちが出勤していたらしく、待機室から話し声が聞こえた。
何の話題かわからないけれど、やけに盛り上がっている。
「おはよう」
そう言って僕が待機室に顔を出したとたん、場は突然静まり返った。
全員の視線がこちらを向いて、次の瞬間、そらされた。
「……何?」
「いえ、何でもないです」
おはようございまーす、とみんなが口々に挨拶する。
明らかに漂う、不穏な空気。
僕はひきつった笑顔で応えて、待機室を出た。