僕は桜子を包む腕にそっと力をこめる。


彼女と、そしてまだ見ぬ命を守る腕に。


「家出したときはね、それほど遠くに行くつもりじゃなかった。
けど、すぐに妊娠してることがわかって……そしたら、この子に色々な経験を分けてあげたくなって」


「うん」


「この子のためにキレイなものを見て、美味しいものを食べた。
焼肉屋さんにもひとりで行ったんだから」


と少し得意げな声で桜子は言った。


「それでね……私が育った町も見せてあげたくて、東京に帰ってきたら、あの事故にあったの」


彼女の言葉を、僕は不思議な気持ちで聞いていた。


我が子に色んな経験を分けてあげたいと思う気持ち、それは僕にも理解できる。


けれどなんとなく、桜子の場合はもっと切羽詰っているような感じがした。


経験というよりは、

まるで思い出を与えるような――


「拓人、ごめんね」


桜子が言った。



「私、ほんとは知ってるんだ。お父さんたちのこと」