あの日――

ミドリが酔いつぶれたあの夜、

彼女を部屋まで送り届けたことが、始まりだったとコバは言った。


ミドリは、男から別れを告げられていた。


男に対して愛はなかった。

情もなかった。

けれど、今さらひとりで生きていくことなどできなかった。


もちろんそれは、僕の想像でしかないのだけれど。


『私は私を生きたことがない』

とミドリは言っていたっけ。


大好きな赤を指先にこっそり飾る、

そんなささやかな自我しか、彼女は持ち合わせていなかったのだ。


そして自暴自棄になって酔いつぶれていたところを、

僕が拾い、
コバが送り届けた。



『今のお給料に満足してる?』


自宅に戻って少し落ち着いたのか、

ミドリはゆっくりと目を開けて、そんなことを言ったのだという。


『私の知り合いの人がね、こんど風俗のお店やるの。
スタッフ募集してるから、コバくん、考えてみない?』


『いや、けど……』


コバの迷いは、次のミドリの言葉で吹き消された。


『何人かコンパニオン連れてきてくれるなら、
基本給もそれなりのものになるはずよ』