「変だね、自己紹介なんて」


彼女が笑う。

つられて僕も笑って、答えた。


「そうだな。病院で自己紹介なんて聞いたことない」

「たぶん、もうこの病院で出くわすことなんか、ないのにね」


少し寂しそうに言った彼女の言葉は、
それぞれの親の命がすでに消えかけていることを意味していた。


暗い空気を振り払うように、僕は勢いをつけて立ち上がる。


「俺、病室に行くよ」

「そう」

「桜子は?」

「私は……帰る。やっぱり耐えられそうにないから」

「そっか」


桜子も僕に続いて立ち上がる。


ふたつの影が地面に並んだ。


「じゃあね」

「うん」

「また」

「うん、またな」


傾きかけた太陽の方向に、桜子は歩き始める。


僕は踵を返すと、長く伸びた自分の影に導かれるように、

病院の中へと向かった。







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